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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第九章  3  ーー  感情  ーー

 三百三十六話目。

            3



 それを感情と呼ぶべきなのだろうか。

 ワタリドリの行為に、“それ”は苦しんでいた。

 決して望んでいないと訴えは通じることはないと、吸い続けた黒い砂塵に、己が限界を抱いていたときに聞こえた声に、驚きという衝撃を初めて抱いた。


 そこには少女二人。


 特に、一人の少女は、“それ”の声に特に耳を傾けていた。

 “それ”は声にならない声をその子へと注ぎ続けてしまう。


 伝えることで己が拒絶されたとしても。


 だが、彼女は“それ”に背を向けることはなかった。

 親身に耳を傾け、それまで黒い砂塵を吸わせていた鍵に大剣を刺すことを拒んでくれた。


 “それ”はわかっていた。


 黒い砂塵を拒めば、人は負の感情に壊されていくと。

 それでも、彼女の行動に芽生えるものはあった。


 ありがとう。


 彼女は彼女なりに想いを形にし、黒い砂塵を鎮めようとした。


 だが、黒い砂塵が消えることは決してない。

 それだけは確定していた。




 彼女は死んだ。

 大きな歪みが生まれたのは、そのときだったのか……。


 彼女が消えたことにより、世界がより歪みが酷くなっていくのを否めなかった。

 “それ”が抱き出したのは、人でいう感情だったのかもしれない。


 そこで抱いた気持ち。


 彼女ならば、黒い砂塵を生む人の不安を鎮めることができるのではないだろうか、と。


 考えてしまう。

 それまで考える、というものはないはずなのに。



 長い月日がまた流れた。

 感情に似たものが芽生えた“それ”にしてみれば、“無”でいれた月日の方がよほど静かだったのかもしれない。


 それでも、己の意志で人の負を鎮めようとした。

 “それ”は人の形を模すことで、人に伝えることを望んだ。


 彼女の姿を借りて。


 彼女の声、彼女の言葉を借りれば、人も耳を傾けてくれるだろうと。



 だが、すべての人が耳を傾けることは難しい。

 例え人々に気づいてもらえずも、想いを届けた。


 いつしか、願いは微かながら、彼女に模した姿に気づく者も現れてくれた。



 その人々が“それ”の想いに気づいてくれているのかは定かではない。

 それでも存在に気づいた人々は誰もが驚き、彼女の名を口にした。


 ……アイナ、と。

 ………。

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