第五部 第九章 2 ーー 風に舞う悲鳴 ーー
三百三十五話目。
2
それを感情と呼ぶべきなのかはわからなかった。
だが、“それ”は黒い砂塵を吸い続けながら、悲鳴を上げていた。
鎮めるにはどうすればよいのか?
黒い砂塵を吸うことを止めればいい。
簡単な答えだったのかもしれない。
ただ、誰もこう“それ”に助言を行う者はいない。
誰しもが人が放つ負の感情を、“それ”が吸い続けていることすら知らなかったのだから。
“それ”も己が悲鳴を挙げているのか定かではなかった。
だこらこそ、誰に届くことのない声は、空しく彷徨うだけ。
ノイズにもならない声に、誰も耳を傾けない。
長い月日の間、“それ”の悲鳴に気づく者はいない。
風に舞う悲鳴は、花の綿毛みたく地上を渡り歩いていた。
そしてーー。
異変に気づいていた者はいた。
ワタリドリ。
世界に広がる人々のなかに存在した民族。
その民族は世界に広がる異変を放っておけば、その苦しみが世界を滅ぼしかねないと気づいてくれた。
“それ”にしてみれば、希望であったのだろうか。
己すら気づかない感情に気づいてくれた者たち。
ワタリドリもまた、世界を守るため、と強い意志のもと、行動を起こした。
人々に渦巻く不穏な空気を鎮めるためにと。
鍵と呼んだ大地に開く、鼓動する口の存在を知った。
それは星を会話するため。
不穏な空気を大地に吸わせるため、そこに大剣を刺し込んだ。
ただ、“それ”にしてみれば、ワタリドリの行動は意にそぐわないものであった。
己のためであるのに、決して望んでいるわけではない。
拒むことはできない。
黒い砂塵が教えてくれた感情を借りて表すならば、“それ”にしてみれば、
悲しみ。
苦しみ。
それだけでは表せられない。
誰か助けて。
声にならない声は、諦めに邪魔されながらも、訴えることを止めなかった。
……決して。
「……大丈夫…… なの?」
どこからともなく、柔らかい声は“それ”に届いた。
………。




