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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第八章  3  ーー  見送った後  ーー

 三百三十二話目。

            3



 今、一人の少年を見送った。


 彼の後ろ姿を眺めていると、胸が締めつけられ、痛みを堪えるのに右手をギュッと胸に押し当てた。

 自分の立場を受け入れ、それでも立ち止まらない姿。

 自分よりも年下なはずなのに、その背中は大きく、敬意すら抱いてしまう。

 想いを強く抱く者を見送った清々しさもあるが、それでも少なからず罪悪感があった。


 見送るしかできないことに。


 彼を見ていると、どこかセリンと重なって見えた。



 彼が姿を消し、アンクルスと呼ぶ空間に静寂が戻っていた。


 波もない無音が肌を刺していく。

 それが当たり前であったのだけれど、なぜか彼を見送ると空しさが体を締めつけていく。


「……久しぶりに話せて嬉しかったのかもな」


 声がこぼれてしまう。

 俺がここに居座ることは、贖罪であると言い聞かせていたけれど、今はそれすらも迷ってしまう。


 それすら間違いだったかもしれない。


 そうだ。

 俺は一人、ここで命の流れをただ眺めていなければいけない。

 静かな水面を眺め、渦巻く感情を押し殺すしかないのだ。

 空しさすら抱いていると、背中に人の気配がした。

 眺めていた水面に、黒い人影が映り込んだ。


 苦笑してしまう。


「……そうだな。お前もここにいたんだな」


 そうだな。“こいつ”もここにいたんだよな。



 こいつと初めて出会ったとき、驚愕でしかなかった。


 もう会うことはない。


 罪のある俺にとっては、会う資格もないと自分を叱責していたのだけれど、本音としては嬉しかった。


 でも、それは間違いでしかなかった。


「……彼女はもういないんだよな」

「……なぁ、お前はどうしてその姿をしているんだ?」


 つい聞いてしまった。


 そいつは何も答えてはくれず、ただ俺の後ろに佇むだけ。


「お前も何か悩んでいるのか?」


 本音を言えば、こいつには憎しみも強い。

 彼女の姿を模していることは、俺たちワタリドリを、何より彼女を侮辱しているようにしか思えなかったから。


 だが、それも少し違っていたのかもしれない。

 見送った彼と話をしていたとき、ふと気づいた。

 俺は誰かと話がしたかったのかもしれない。

 ただ一人、ここに留まることを課していたが、もしかすればその寂しさからこいつに強く当たってしまう傾向があったのかもしれない。

 だからこそ、今はこいつの気持ちがわかってきたかもしれない。


「お前は何を訴えているんだ?」


 背中に感じる“そいつ”に問いかけた。


 それでも答えてくれない。

 こいつも俺と同じなのかもしれない。

 この場所から動けないのは。


 彼女の姿を模してまで、強い意志があるのにもかかわらず。


 ふと顔を上げた。


「前は悪かったな。怒鳴ってしまって。俺も焦りが強まっていたのかもな」


 こいつに謝るとは信じられない。


「星よ、お前はどうしたいんだ?」


 俺とともにこの場に縛られる意志。

 アイナ様に模した“そいつ”に、尋ねずにはいられなかった。

 ………。

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