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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき
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 第三章  9 ーー ヤマトの頼み ーー

 三十三話目。

 こんなの…… ふざけないで。

           8



 まだ大丈夫。

 死んでなんかいない。

 今にも息絶えそうなヤマトは、すぐに病院はと運ばれようとしていた。

 担架に寝そべったヤマトは、そばに寄った私に気づき、不意に腕を掴んできた。


「あんた、なんで?」

「……あいつら、僕の町をおそ…… た奴だったん……」

「もういい。喋らないでっ」

「あいつら…… だったんだ。みんな殺され…… て。それで僕……」


 まだ息はある。

 微かに途切れてはいるけれど、まだ大丈夫。だから、


「喋らないでっ」

「……お願…… い。彼らに…… 伝え…… て。彼らが捜している人に…… 会ったんだ、その人は、言ったんだ」


 引き止めているのに、ヤマトは黙らない。


「荒らすなって…… それ……に、テンペストを恨むなって。あと…… は悪くないって」


 思わず耳をヤマトの口元に近づけた。急に言葉が詰まっていく。

 気づけば、ヤマトの目は虚ろとなり、焦点が合わず、私を捉えていない。


「ねっ、ちょっと、しっかりしてっ。もう喋らなくていいからっ」


 手を握っていた手から、力が抜けていく。

 喋るな、と声を荒げるのだけれど、それでも懸命に息を吸い、喋ろうとする。


「……それと…… あの」


 もう、声が出てくれない。息が途切れようとしている。


「あの…… 人の…… 名前は」

「ーーえっ? 名前?」

「……セ…… リン」


 そのとき、手を掴んでいたヤマトの手が放れ、ゆっくりと垂れ下がった。



 悲鳴が起きたのかもしれない。

 どよめきに揺れたかもしれない。

 聴覚には普通の人よりも優れている、という自負はあった。

 けれど、今だけは周りの声を体が拒絶していた。

 目を閉じたヤマトは、もう動こうとしない。

 垂れ下がった腕を担架に乗せ、肩にそっと手を添えた。

 何を語りかけたのかは覚えていない。

 ただ黙ってしばらく手を添えていた。

 ややあって手を放す。


「お願い。手厚く葬ってあげて」


 そばにいた男に頼んだ。急に言われた男は戸惑っていたけれど、すぐに真剣な面持ちになって頷いた。



 ざわめきはすぐに消えることはない。

 このざわめきが肌を刺すなか、強く一歩を踏み出した。



 石畳に残る血の塊が胸を締めつけるけど、耐えながら歩き続ける。


 町を出てすぐのところ。


 憎らしいほどに晴れ渡った空を眺めているアネモネの後ろ姿があった。


「手ぶらで行くつもり?」

「よく、わかったわね。私の行動が」

「耳がいいってのも難点だよね。あの騒ぎが聞こえて嫌な予感がしたから、先に用意してた。多分、こうなると思って」


 聴覚はアネモネの方が優れている。それに、時折、勘が鋭く働くこともあった。

 このときばかりは感謝した。


「これ、リナが持ってよね。私には重いし、ここまで持ってくるのも大変だったんだから」


 と、黒いケースを地面に立たせ、ポンポンッとケースを叩いた。

「わかってる。ちょっと待って」


 そこで銀髪を結い、いつもの三つ編みを束ねた。

 アネモネも同じように髪を結う。

 立てられたケースのベルトを掴み、肩にかけた。

 遠くに見える草原を見据えた。


「……カサギだよね、絶対に」

「うん。それに……」

「……きっと、デネブに向かう途中にある遺跡だよね」


 いつもの明るい口調はない。アネモネの静かで物々しい指摘に頷く。


「ーー行こう」

 許せるわけ…… ないっ。

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