表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

328/352

 第五部  第七章  7  ーー  混沌を  ーー

 三百二十八話目。

    何?

     アネモネがやったの?

            6



 ナイフ……? 

 アネモネ?


 すぐにアネモネを見るけれど、すぐさま眉をひそめてしまう。

 アネモネの手には、両手にしっかりとナイフは握られている。


 じゃぁ、誰がイシヅチを……。


 後ろでの戦闘で、こちらに飛んできたの?


 いえ、そんなことはない。


 私らと対等に戦えているイシヅチ。

 そんな油断なんかするわけがない。

 仮にそうだとしても、こんなの簡単にかわせるはず。


 だったら反乱? 

 なんで?


 内乱を起こしたのはこいつでしょ。それなのに。


「……あのナイフ」


 動けないでいたとき、イシヅチに刺さったナイフの柄に頬を歪めた。


 どこかで見たことがある。


 状況が掴めないでいると、イシヅチの口元が動く。


「……なんで……」


 戸惑うイシヅチの声が微かに聞こえる。

 こいつにとっても、予想外のことだっていうの?


 やっぱり。


 呆然とするなか、争いのなかを風が割り込み、駆け巡る。

 耳に触れた痛みに、頬が歪む。


 冷たい吐息が触れた。


 急に胸が締めつけられる。


「イシちゃんのやり方は、面白くないんだよね。あれじゃ上手くいかないわね」


 鼓膜に響いた冷徹な声。背筋を這う狡猾な声。


 ……ローズッ。


 息を呑んでしまい、体が硬直してしまう。

 動けないなか、もう一度イシヅチを睨んだとき、気づいた。

 イシヅチに刺されたナイフ。

 それは以前、ローズが使っていたナイフだった。


 ーー なんで、ローズ? 


 イシヅチの口元が動いた。

 彼にとっても予想外だったの?


 これで終わる?

 こんなことで終わるの?


 そのまま倒れるのを待っていると、


「いいの? このまま終わると思っているの」


 また意識が後ろに移る。


 後ろに禍々しい雰囲気を感じる。

 動けば危険……。


 ローズがいる、と拳をギュッと握り締めた。


 最悪ね。これって、前にも後ろにも挟まれるなんて。

 どこか助けを求めてアネモネを眺めると、アネモネはじっとイシヅチを戸惑いながら眺めている。

 聞こえていないの、ローズの声が。


「いいの? 私なんかを気にしてて。イシちゃんはああ見えて、意外としつこいところがあるわよ」


 私のすぐ後ろで響く狡猾な声。

 よく言うわよ。これだけ、背中で威圧感を放っているくせに。


「まぁ、それはそれで面白そうだし、帰らせてもらえるわ」

「よく言うわよ。あんたも人を簡単に殺してるーー」


 意識が揺れていたとき、イシヅチがおもむろに動いた。

 そのまま倒れると思った瞬間、手から放れようとする剣を逆手にした。

 イシヅチの体が横に揺れていたとき、逆手になっていた手を力強く振り込んだ。

 次の瞬間、イシヅチの手には剣がない。


 私たちを狙って? いや、でもそれにしては方向が違う。

 剣の行方を探していると、地面に走る影があった。

 剣と思いし影は、私たちを飛び越え、後ろに。


 まさかっ。


「ーーエリカッ」


 イシヅチの狙いを悟ったとき、反射的に振り返った。

 そこにローズの姿はない。

 いえ、そんなのどうでもいい。

 意識はローズを探そうとはせず、一点を見詰めてしまう。

 後ろの壇上に立つエリカに。

 剣は最初から私たちを狙ってなんてない。

 狙っていたのは、エリカ。


「ふざけないでっ」


 そんなの届かないってわかっていても、叫んでしまう。

 一直線にエリカを狙って飛んでいく。


 ーーこれでどうだ?


 弱々しくも憎らしい声が届く。


「ナメないでっ」


 動けないで拳をギュッと握り締めたとき、放物線を描いてエリカを狙っていた剣が急激に矛先を変え、地面へと落下した。

 剣の落下に重なるアネモネの叫び声にハッとすると、隣でアネモネが右手を伸ばしていた。

 肩を揺らして佇むアネモネ。右手にはナイフがない。


 ナイフは……。


 目まぐるしく辺りを見渡していると、地面に落ちた剣のそばにナイフが落ちている。

 咄嗟に投げてくれていたナイフが弾いてくれた。


 壇上にはエリカの姿。


 大丈夫、大丈夫よね。


「レイナを殺させはしないっ」


 途切れそうにも、強く呟くアネモネに、胸を撫で下ろした。


「大丈夫よ、リナ」


 まだ息が上がっている私の腰に手を当て、宥めてくるアネモネ。

 息を呑んで体勢を直し、振り返る。

 まだイシヅチがいる。

 油断ができず、眉をひそめると唖然となった。


 イシヅチが立っていない。


 それまで立っていた場所に、イシヅチは仰向けになって倒れていた。


 これで終われる?


 急激に込み上げる安堵感に、力が抜けていき、膝から崩れ落ちてしまいそうなとき、ぐっと立ち止まった。

 倒れているイシヅチの右手が空に向かって上がっている。


「ーー何? 何をしようっての?」

「ーー混沌をっ」


 息途絶えそうとしていたはずなのに、困惑を切り裂く、イシヅチの発狂がけたたましく通路を駆け巡った。


 なんで、そんなに叫べるの?

 最期の断末魔?

 それともただの強がり?


「リナ、あれっ」


 戸惑いが頭を入り混じっているなか、アネモネが肩を揺らして促した。

 さっきまで散々になっていたはずなのに、イシヅチの後ろに新たな影がうごめいていた。

 異様に動く影は、魔物みたく禍々しい。そのおぞましさに目を奪われていたとき、影から無数の矢が放たれた。


「ーーあいつら、またっ」


 矢は私たちの上空を通りすぎ、空を駆け巡る。狙いはーー。


 ーーエリカ。


 今度は間違いない。

 雨のごとく降り注ぐ矢。

 私たちにすべてをなぎ払う術はない。

 留まることのない矢がエリカを捉える。


「キョウッ、なんとかしてっ」


 絶えられなかった。


 

 殺させないっ。

     絶対にっ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ