第五部 第七章 7 ーー 混沌を ーー
三百二十八話目。
何?
アネモネがやったの?
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ナイフ……?
アネモネ?
すぐにアネモネを見るけれど、すぐさま眉をひそめてしまう。
アネモネの手には、両手にしっかりとナイフは握られている。
じゃぁ、誰がイシヅチを……。
後ろでの戦闘で、こちらに飛んできたの?
いえ、そんなことはない。
私らと対等に戦えているイシヅチ。
そんな油断なんかするわけがない。
仮にそうだとしても、こんなの簡単にかわせるはず。
だったら反乱?
なんで?
内乱を起こしたのはこいつでしょ。それなのに。
「……あのナイフ」
動けないでいたとき、イシヅチに刺さったナイフの柄に頬を歪めた。
どこかで見たことがある。
状況が掴めないでいると、イシヅチの口元が動く。
「……なんで……」
戸惑うイシヅチの声が微かに聞こえる。
こいつにとっても、予想外のことだっていうの?
やっぱり。
呆然とするなか、争いのなかを風が割り込み、駆け巡る。
耳に触れた痛みに、頬が歪む。
冷たい吐息が触れた。
急に胸が締めつけられる。
「イシちゃんのやり方は、面白くないんだよね。あれじゃ上手くいかないわね」
鼓膜に響いた冷徹な声。背筋を這う狡猾な声。
……ローズッ。
息を呑んでしまい、体が硬直してしまう。
動けないなか、もう一度イシヅチを睨んだとき、気づいた。
イシヅチに刺されたナイフ。
それは以前、ローズが使っていたナイフだった。
ーー なんで、ローズ?
イシヅチの口元が動いた。
彼にとっても予想外だったの?
これで終わる?
こんなことで終わるの?
そのまま倒れるのを待っていると、
「いいの? このまま終わると思っているの」
また意識が後ろに移る。
後ろに禍々しい雰囲気を感じる。
動けば危険……。
ローズがいる、と拳をギュッと握り締めた。
最悪ね。これって、前にも後ろにも挟まれるなんて。
どこか助けを求めてアネモネを眺めると、アネモネはじっとイシヅチを戸惑いながら眺めている。
聞こえていないの、ローズの声が。
「いいの? 私なんかを気にしてて。イシちゃんはああ見えて、意外としつこいところがあるわよ」
私のすぐ後ろで響く狡猾な声。
よく言うわよ。これだけ、背中で威圧感を放っているくせに。
「まぁ、それはそれで面白そうだし、帰らせてもらえるわ」
「よく言うわよ。あんたも人を簡単に殺してるーー」
意識が揺れていたとき、イシヅチがおもむろに動いた。
そのまま倒れると思った瞬間、手から放れようとする剣を逆手にした。
イシヅチの体が横に揺れていたとき、逆手になっていた手を力強く振り込んだ。
次の瞬間、イシヅチの手には剣がない。
私たちを狙って? いや、でもそれにしては方向が違う。
剣の行方を探していると、地面に走る影があった。
剣と思いし影は、私たちを飛び越え、後ろに。
まさかっ。
「ーーエリカッ」
イシヅチの狙いを悟ったとき、反射的に振り返った。
そこにローズの姿はない。
いえ、そんなのどうでもいい。
意識はローズを探そうとはせず、一点を見詰めてしまう。
後ろの壇上に立つエリカに。
剣は最初から私たちを狙ってなんてない。
狙っていたのは、エリカ。
「ふざけないでっ」
そんなの届かないってわかっていても、叫んでしまう。
一直線にエリカを狙って飛んでいく。
ーーこれでどうだ?
弱々しくも憎らしい声が届く。
「ナメないでっ」
動けないで拳をギュッと握り締めたとき、放物線を描いてエリカを狙っていた剣が急激に矛先を変え、地面へと落下した。
剣の落下に重なるアネモネの叫び声にハッとすると、隣でアネモネが右手を伸ばしていた。
肩を揺らして佇むアネモネ。右手にはナイフがない。
ナイフは……。
目まぐるしく辺りを見渡していると、地面に落ちた剣のそばにナイフが落ちている。
咄嗟に投げてくれていたナイフが弾いてくれた。
壇上にはエリカの姿。
大丈夫、大丈夫よね。
「レイナを殺させはしないっ」
途切れそうにも、強く呟くアネモネに、胸を撫で下ろした。
「大丈夫よ、リナ」
まだ息が上がっている私の腰に手を当て、宥めてくるアネモネ。
息を呑んで体勢を直し、振り返る。
まだイシヅチがいる。
油断ができず、眉をひそめると唖然となった。
イシヅチが立っていない。
それまで立っていた場所に、イシヅチは仰向けになって倒れていた。
これで終われる?
急激に込み上げる安堵感に、力が抜けていき、膝から崩れ落ちてしまいそうなとき、ぐっと立ち止まった。
倒れているイシヅチの右手が空に向かって上がっている。
「ーー何? 何をしようっての?」
「ーー混沌をっ」
息途絶えそうとしていたはずなのに、困惑を切り裂く、イシヅチの発狂がけたたましく通路を駆け巡った。
なんで、そんなに叫べるの?
最期の断末魔?
それともただの強がり?
「リナ、あれっ」
戸惑いが頭を入り混じっているなか、アネモネが肩を揺らして促した。
さっきまで散々になっていたはずなのに、イシヅチの後ろに新たな影がうごめいていた。
異様に動く影は、魔物みたく禍々しい。そのおぞましさに目を奪われていたとき、影から無数の矢が放たれた。
「ーーあいつら、またっ」
矢は私たちの上空を通りすぎ、空を駆け巡る。狙いはーー。
ーーエリカ。
今度は間違いない。
雨のごとく降り注ぐ矢。
私たちにすべてをなぎ払う術はない。
留まることのない矢がエリカを捉える。
「キョウッ、なんとかしてっ」
絶えられなかった。
殺させないっ。
絶対にっ。




