第五部 第七章 3 ーー ……始まる ーー
三百二十五話目。
邪魔なんかされたくないのにっ。
3
「これがすべての結果なのかもしれない」
エリカに驚愕するなか、セリンがこぼす。
見た目とは違う弱音に聞こえ、視線を戻すと、すでにセリンの姿は消えていた。
ミサゴは一人になっても、退く素振りはない。
「お前さ、前からそうだけど、自分のことしか考えてないんじゃないの? アネモネは自分の妹だ、の一点張りでね。それこそ、身勝手だと思うよ。アイナ様や、レイナは自分を犠牲にしてでも、世界のことを考えていたのに。ほんとに人って、傲慢だね」
「……あんたねっ」
「アネモネ、君はどっちなんだい。アイナ様の意思を本当に継ごうとしているのか、それとも」
「……私は」
冷ややかな挑発をするミサゴ。
悔しいけれど、私たちは動揺から顔を伏せてしまう。
悔しい……。
でも、
それでも……。
たとえ言い返せなくても、負けじと顔を上げると、すでにミサゴの姿も消えていた。
「……私は、そんな……」
「ーー待って、アネモネッ」
ミサゴの挑発に自分を責め、言葉を詰まらせるアネモネの肩を掴んでしまう。
戸惑うアネモネを促してしまう。
壇上に立つエリカへと。
それまで咆哮にうごめいていた地上が一斉に静まった。
壇上のエリカは、足元に刺さる大剣に手をやる。
「……始まる」
何をもって、そう判断したのかはわからない。
けれど、自然と口走っていた。
エリカは軽々と大剣を持ち上げると、足元が軽やかに動き出す。
エリカの踊りが始まった。
これまでに私は何度エリカの踊りを見たことがあった?
記憶が曖昧になり、問いかけてしまうほどに魅入ってしまう。
なんで、あんたが大剣を軽々と持って動けるのよ?
疑問が声にならない。
大剣そのものがエリカの手の一部になっているみたいに、軽やかになっている。
風を受けながら大剣を舞わせる。
全身を大きく躍動させ、長い髪が軽やかに舞う。
音がないなく張り詰めたなか、大きな灯火みたく強く弾き、心に流れ込んでいた。
足が震えていく。
悔しいはずなのに、足の底から熱を帯びていく。
怖くないのに…… 震えそう。
震えは期待を強めていく。
このまま踊りが静かに終わってほしいと。
「……違う」
力強く踊り続けるエリカに魅入っていたとき、不意にアネモネが呟く。
「レイナじゃないかも」
隣で目を丸くするアネモネ。
「どういうこと?」
「わかんない。けど、なんかそんな気がする。髪を束ねていないとかの違いかもしれないけど…… でも」
「じゃぁ、やっぱりエリカ?」
それまで熱を帯びていた体が一気に冷えていく。
エリカはまだ踊っている。
私の知る幼い姿とは懸け離れた、妖艶にさえ見える。
それでも何かが違う。
一点を見詰める眼差し。
揺るぎない力に、急激に胸がざわめいていた。
私はあの強い眼差しを見たことがある。
そうだ。あれはトゥルス。
あのとき、ローズの毒にやられたキョウを心配し、ずっとキョウのそばに付き添って脅えていた目だ。
そう。自信に溢れてるとか、強い意志があるとかじゃない。
キョウを失うかもしれない不安を堪え、耐えているように感じた。
脅えているの、エリカ……。
何をしようとしてるのよ、レイナ……。




