第五部 第七章 2 ーー 狂気を鎮める礎 ーー
三百二十四話目。
こんなの、絶対に間違ってるっ。
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なんで、そんな悲しい顔をしなくちゃいけないのっ。
叫ぶ前に体が動いた。
咆哮を続ける人々を縫って進むと、目の前に大きな影が被さる。
不意に誰かが立ちはだかった。
「……セリン」
アネモネの脅えた声に顔を上げると、体格がいいセリンが私らの前で行く手を阻んでいる。
隣にはミサゴも現れ、これまで挑発めいていた不敵な笑みは伏せ、セリンとともに険しい表情を浮かべている。
エリカに向かって立つ住民らに逆らい立つ二人。
そんなに私らの邪魔をしたいの。
「セリン、お願いどいて。このままじゃ、レイナが死んじゃうのよっ」
咆哮に掻き消されるなか、アネモネの声が散る。
微かでありながらも、セリンに届いたのか、視線を逸らした。
「大体、なんでこんなことになってんのよっ。なんで、エリカが生け贄なんかにっ。あんたたち、止めなかったのっ」
私も負けじと叫ぶが、セリンは黙ったまま動こうとしない。
あくまで私らの邪魔をするだけ。
「これになんの意味があるのよっ。こんなことをしてしまえば、また世界は歪んでいく。星が悲鳴を挙げるだけなのよっ」
「……レイナが決めたことだ」
一歩も引き下がらずにいると、ようやくセリンが呟いた。
「レイナが? なんで? そんなことない。あの子は生け贄に嘆いていたのよ。自分が招いてしまった悲劇なんだって憂いて、自分を責めてた。それなのに、なんでレイナがまた生け贄なんかに。そんなはずないじゃないっ」
アネモネは激昂し、セリンの胸元を掴み、必死に訴えるけれど、セリンにはまったく響いていない。
「これはアイナ様の意思を貫くための一つの形だよ」
顔を伏せるセリンに対して、ミサゴは冷たく吐き捨てる。
「それはあんたらが焚きつけただけじゃないの?」
いつになく好戦的な喋り方をするミサゴに詰めるが、無視されてしまう。
あくまで私は無視。アネモネと話したいのね。
「……そんな、アイナはそんなこと……」
「では、あなたはこの狂気、どのように鎮めることができますか?」
苛立ちを堪えていると、不意にセリンが問いてくる。
「何も、このような状況はベクルだけで起きているわけではない。世界の至る場所で起こっている。それも、数年てまはなく長い時間な」
そこでようやくセリンは顔を上げ、住民らに目を配る。
「もちろん、あなたもこれを止めようとしてくれた。だが、うねりはもう狂気に変わり、世界に蔓延している。それらを一斉に浄化するのは難しい」
「それって、じゃぁ、そのうねりに呑まれて諦めるってことなの? エリカを犠牲にして」
つい反論してしまう。
どこか身勝手に聞こえる説明に、噛みつかずにはいられなかった。
「違う。レイナはきっかけになろうとしているのだ。このベクルはうねりの中心だと言ってもいい。そこでもう一度旗を掲げることで、狂気を鎮める礎になろうと決意したのだ。もう一度……」
「何よ、それっ。ただの詭弁じゃないっ」
「それでも、レイナが下した判断だっ」
話を聞いても、やっぱり納得いかず、さらに喰い入ろうとすると、ミサゴがはだかる。
このままではらちが開かず、力任せに突破しようと拳を握り直したとき、
オォォォッ。
辺りの咆哮がより強まった。
私たちの突発的な叫喚に驚き、すぐさま祭壇を睨んだ。
すでに壇上にエリカが登っていた。
それまで被っていたマントを外した、赤いドレスを身にまとったエリカが。
こんなの、止めなくちゃいけないっ。




