第五部 第七章 1 ーー 近づく瞬間 ーー
三百二十三話目。
もう七章目に入るのね。
でも、区切る必要あったの?
第五部
第七章
1
まるで棘でも降ってきそうなほど、物々しい空気に頬が痛い。
街に魔物が鎮座しているみたい。
「ここまで空気って変わるものなの?」
「わかんない。これまで祭りなんて関係ないと思っていたけど、ベクルにとってみれば、後がない雰囲気よね。これじゃ」
先生の計らいで、半ば強引であったけれど、牢屋を飛び出して、街の中心に急いだ。
風に触れると、冷たさにより緊張が強まる。
これまで何度も歩き慣れた街並みであったのに、違う街みたいな冷たさがあった。
足も重たい。
「祭りなんかするなっ」
祭壇のある十字路へ走るなか、すれ違う人々で一悶着あり、反発し合う者が殴り合っていることが何度もあった。
これだけ時間が迫っているとしても、いざこざは続いているらしい。
そうした騒ぎに“蒼”が駆けつけていないのは、それだけ祭りに集中しているからなの?
それとも見捨てた?
「リナ、あれっ」
走っているなか、リナが声を挙げ、人々に埋もれる通路の先、祭壇のある十字路が見え、より人が増えていた。
十字路が近づくにつれ、人が増えていき、人を掻き分けながら祭壇へと近づいた。
辺りの冷たい視線を浴びなかまらも、隙間から見える光景に、唖然となる。
それまで祭壇は忽然と建てられていた様子であったのだけど、今は祭壇の周りに“蒼”の兵が囲んで立っていて、物々しい雰囲気が漂っていた。
そのまま兵を叩き倒したいけれど、辺りには住民の姿も。
住民らは祭壇の辺りで希望に目を輝かせている。
なかには拝んでいる者もいて、躊躇してしまう。
「ねぇ、リナ。あれ」
平静を装って周りを見渡すと、アネモネが腕を引っ張って促した。
私とは正反対を眺めていたアネモネ。
何かあったのか、と振り向くと、
「あれってどう思う?」
私の視線に気づいたか、アネモネは小さく指差した。
すると、視線の先には別の兵がいる。
十字路の周りは人で溢れていたけれど、通路の中心は開いている。
住民らを押し留めるように、兵は点々と立っていた。
特に祭壇の周りでは囲うように兵が多かった。
ただ、それらの兵は目に見えてわかる武器を持っている。
なんで祭りに武器なんか。そんなの必要ないはずじゃ。
「これじゃ、祭りじゃなくて戦闘前よね、これ」
できるだけ目立たないように小声で言いながら、警戒を強める。
「暴れるのは簡単だけど、それじゃ住民に被害が出てしまいそうね」
「だね。まったく。先生も勝手なこと言ってくれわ。ここで捕まれば、私ら大剣を盗んだとき以上に罪人扱いされそう」
先生に嫌味をこぼして嘲笑してしまう。
どうするべきか、髪を撫でていると、
「なんだったら、もう一度盗んでみる? あそこにあるけど」
一方を眺めていたアネモネの眉間が険しくなる。
釣られて睨むと、自然と息を呑んでしまう。
捉えたのは祭壇の壇上。
以前見たときには、左右に二本の剣が突き刺されていたけれど、今日は中央にもう一本の剣が逆さに刺されていた。
懐かしくもあるあの大剣が。
「レイナ…… なんでこんなことになってしまったのよ」
それまで冷静でいたアネモネの声が曇る。
本当にそうよ。
何を考えているのよ、エリカ。
でも、すぐに頬が緩んだ。
もう一度、大剣を盗む、か。それも悪くない。
「どうしよっか。強引に祭壇まで走り抜ける?」
提案すると、アネモネも目を細め、
「ほんとリナって強引ね。昔と全然変わってない」
「悪かったわね。単細胞で」
懐かしかった。
こうして悪巧みを企んで行動しようとするのは嬉しくて、声が弾んでしまう。
行こう、と腰の辺りでアネモネと手を叩き合った。
何かをしようとする合図。
人に埋もれるなかでパチンッと鳴ったとき。
合わせたように周りの住民らも一斉に静まった。
気づかれた?
いえ、そんなことないっ。
何が起きたの?
地面を蹴ろうとした足が止まると、それまで祭壇の前、通路に立っていた兵らが一斉に足を踏むと、腰に携えていた剣や弓を胸の前で構える。
刃を空に向ける形で。
何かが起きたとき、
オォォォッ。 オォッ。
刹那。
まるで示し合わせたみたいに、住民が叫ぶ。
それまでざわめきが広がっていたのに、それらがすべて消え去り、何かの叫び声が浸透していく。
それはまるで獣の咆哮。
強まるたびに背中を這うようで、気持ち悪い。
「ごめん、リナ。これ、私キツい……」
急にアネモネは呟くと、肩をすぼめ、耳に手を当てた。
まるでこの咆哮を拒むようにして、脅えてしまった。
「ちょっ、アネモネ、大丈夫。ねぇ、大ーー」
脅えるアネモネを支えようとしたとき、十字路に集まっていた住民らの眼差しが一方に向けられた。
十字路から伸びる一本の通路に。
人の隙間から覗けたのは別の人物。
二人、一人。と逆三角形の体勢で、ゆっくりと歩く三人。
前の二人は周りの兵らと同じ青い服であったけれど、後ろの一人は足元まで隠れるほどの長いマントに身を包んでいた。
顔も白いマントで隠されており、この距離からでは顔が見えない。
三人はゆっくりと歩を合わせながら、祭壇へと近づいていく。
まさか、生け贄?
だったら……。
獣の咆哮みたく揺れる住民の雑音が厳しい。
声が響くほどにエリカの姿が霞んでしまう。
ちょうど、私の前を通りすぎたとき、ようやくその横顔が微かだが伺えた。
……エリカ……。
声をかけられなかった。
私はまだエリカとの関係は浅い。
彼女の本心を見据えることはできない。
けれど、今だけはその冷たい横顔は苦しそうに見えた。
この辛そうな顔。
どこかで見た気がする。
触れられたくなさそうな、冷淡な顔を……。
リナ、それよりも今は急がないとっ。




