第五部 第六章 11 ーー そんなの、あり得ないっ ーー
三百二十一話目。
エリカが? そんなの噓っ。
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まったく何を考えているの?
「どういうことよ、先生っ。エリカがそんなことを認めるはずがないわ。もしかして捕まったのっ」
元々、エリカとキョウは生け贄に対して嫌悪感を持っていた。
キョウは祭壇を壊したとも。
冗談でそんなことを言う子じゃないってのは、今ならわかる。
だから、信じられない。
「誰かに捕まったの? まさか、アカギの奴、そんな乱暴なことをっ」
鉄柵を掴み捲し立てる私に、先生は手の平を見せて宥めてくる。
「落ち着け、リナ。アカギ殿はそんな横暴なことをする人物ではない」
「じゃぁ、なんでレイナはっ」
「ーーレイナ?」
横からアネモネも声を荒げるなか、「レイナ」という名に先生は一瞬眉をひそめ、また顔をうつむかせる。
「まぁ、それはいい。とりあえず落ち着け。誰も乱暴なことはしていない。信じられないかもしれないが、彼女自身が持ちかけてきたんだ」
「ーーはぁっ?」
そんな…… なんで?
生け贄を嫌っているんじゃないのっ。
全身から力が抜けていきそうで、鉄柵から手を放し、頭を抱えてしまう。
「突然だったので、私も驚いた。それに最初はアカギ殿も反対した。できる限り犠牲を出したくないと」
「じゃぁ、どうして?」
「それだけ住民の暴動を抑え込むのに、限界がきていたのだ。ここで祭りを拒めば違う形で、犠牲者が出かねない。それだけギリギリだったのだ。苦渋の決断だったんだよ。アカギ殿を責められない」
「だったら、どうして?」
それなら、ここに先生が来て、私らを焚きつける必要はない。
先生らも祭りを認めたのならば。
「それは私たちも疑念を抱いているからです」
先生の行動を怪訝に思っていると、先生の後ろから穏やかな声が牢屋に広まった。
一人が近づいて来た。
「ーーハクガンッ」
声を挙げたのはアネモネ。
先生の後ろから現れたのは、思い詰めた様子で険しさを漂わせるハクガン。
「ワシュウ殿?」
なかでも一番驚いて声を挙げたのは先生。
予期せぬ人物だったのかもしれない。
それでもハクガンは平然と会釈し、先生の隣に立った。
……ワシュウ……。
そうか、先生は知らないのね、事実を。
でも、ここにこいつが現れるってことは、こいつもそれなりの覚悟ってこと?
「アネモネ殿、やはりこの祭り、行うべきではありません」
「ハクガン、どうしてこうなったの? なんでレイナはそんなことをしてしまったのっ」
「私にも事情が掴めないのです。ですが、このままでは危険と思われます。ですから、どうかレイナを助けてほしいのです」
ハクガンはアネモネをじっと見据えていた。
きっと先生に自身の正体を晒していないはず。
それでもアネモネと正面から話しているのならば、それだけ彼も切羽詰まっているの?
「ワシュウ殿、これは一体?」
一気に不快感を強め、眉間をひそめる先生に、ハクガンは頭を下げた。
「申し遅れました。私はハクガンと申します。俗にいう、“ワタリドリ”の者です」
「……ワタリ……ドリ?」
「申し訳ありません。“蒼”では偽名を使い、忍んでおりました」
真剣な面持ちで言い、頭を下げ続けるハクガン。
事情が掴めない先生は、唖然とするばかりで、反論することもなかった。
それからハクガンは自分の素性を明かした。
それらがすべてなのかは疑わしいけれど、驚きを隠せなかった。
これまで隠していたのに、それを明かすことに。
それだけ……。
「なるほど。私もしばらく隊から離れていた身。あなたを責める立場てまはありませんから」
冷静に話す先生。
なんで、そんなに素直に受け入れちゃうの?
どこか責めたかったけれど、すぐに言葉を呑み込んだ。
私には伝わった。
本心からハクガンを認めていないのを。
ハクガンに向ける眼差しの奥が鋭く光っていることを。
今は、ハクガンを責める場合じゃないんだ。
「アネモネ殿。申し訳ない。私もセリンやミサゴと連絡がつきません。彼らと話ができれば、レイナの心境もわかったかもしれないのですが……」
「ありがと、ハクガン。大丈夫。大丈夫よ」
「だから、お前たちに頼みたいのだ」
改めて先生が言う。
エリカ、何を考えているの?
もぉ。こんなとき、キョウがいれば……。
キョウなら、どうする?
いえ。考えても一緒。
あいつだったらっ。
「止めなくちゃっ」
レイナ……。
ダメよ、そんなのっ。




