第三章 8 ーー 騒ぎ ーー
三十二話目。
何か変かもね。
7
「ねぇ、どうする?」
宿屋の部屋のなか。
ベッドに座ったアネモネが静かに口を開く。
私は木製のイスに座り、眉間にしわを彫ったまま前髪をいじっていた。
まだ鼓膜に馬の足音が残っている。
嫌な音を掻き消そうと、深く息を吐き捨てた。
「そのまま正面突破したとしても、無謀かもしれないわね。だからって、今どこか町の隅から出て行くのも難しそうだし」
「じゃぁ、隠れておく?」
ふと顔を上げ、部屋の窓を眺めた。外から陽光が射し込んでいた。
「それが一番無難かもね。この宿に押し入って来たのなら、そのときはーー」
瞬間、耳に手を当てた。
眉をひそめてしまう。
また何か嫌な音が聞こえてしまう。
咄嗟に立ち上がり、窓の外を眺めた。
外の様子がおかしい。
外では、多くの人が入口へと走って行く。その誰もが慌てふためき、焦っているように見えた。
「何かあったのかな」
まだ警戒心が拭えたわけではない。
けれど、胸に竦む不安に掻き立てられ、アネモネとともに宿の外に出て、入口へ急いだ。
ほかの住民らも入口へと向かっている。
「何、あれ?」
入口付近にさっきの馬の集団の姿はなかった。
確かに馬の足音はしない。その代わりに、張り詰めたざわめきが支配している。
住民が入口を塞ぐようにして。
さらには、不穏な声が届いてしまう。
「殺された?」
「死んだ?」
「誰に」
雑音としてまとわりつく声に、嫌気を差しながら、そばにいた男の肩を引き寄せた。
「何か事件でもあったの? なんの騒ぎ、これ?」
声がつい乱暴になってしまう。
無理矢理振り返らされた男は驚きながら、
「わかんない。誰かが斬られたらしいんだよ」
「斬られた? なんで?」
「知らないよ」
「さっき、そこに変な集団がいただろ。そいつらにさっき、突っかかった奴がいたんだよ。そしたら、そのなかの一人が突然、剣を抜いて斬りかかったんだよ」
そばにいた別の男が切羽詰まった声で入ってくる。
「何それ? なんで、そんなことで斬られなきゃいけないのよ」
意味不明な理由に憤慨するアネモネ。
確かに納得できることだはない。険しい表情を浮かべ、人を掻き分けて奥へと進んだ。
ーー なんか、お前たちがって叫んでた。
ーー お前らのせいだって。
ーー しつこい、とかも言ってた。
ーー バカかって笑ってる奴もいた。
群衆は大した壁ではなかった。
それでも、どんな厚い壁よりも抜けるのが難しく、その間に周りの人のざわめきが容赦なく胸に突き刺さり、不安を煽られてしまう。
曇っていた視界が開けた。
「ーーなんでっ」
「ーーっ」
石畳の上にじんわりと滲んでいく赤い血。
そばでは二人の男が寄り添い、斬りつけられた箇所に布を押しつけて、懸命に止血しようとしていた。
それでも血は止まらない。
白い布だったのだろうけど、どす黒い血が布に浸食していた。
血の気が引き、青ざめた表情のヤマトが横たわっている。
……ヤマト?
なんで?




