第五部 第六章 6 ーー 変わる空気 ーー
三百十六話目。
頼れるのは先生なのかな、やっぱり。
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何かがおかしい。
ベクルに戻ったとき、異様な空気が漂っていた。
肌がヒリつき、居心地が悪い。
「ここって、こんなに空気重かった?」
隣で歩いていたアネモネも、街に漂う空気を怪訝に思い、辺りを見渡しながら文句をこぼした。
エリカが行方不明になったとき、私のベクルに行こうという誘いに、渋々ではあるけれど、アネモネは受け入れた。
また断られるか、と半ば諦めていたけれど、嬉しかった。
アネモネと旅をしている。
本音では、それだけでも嬉しかった。
昔を思い出すようで。
だからか、私の気持ちを冷やすような街の空気に、どうしても訝しげになる。
「なんだろ、この雰囲気、ナルスに似てるわね」
「ーーナルス? あそこって、テンペストに諦めていた街?」
アネモネも知っているのね。
「そう。あの街は最近、祭りをするべきかどうかで、住民同士で争ってた。なんだろ、そのときの雰囲気に似てるんだよね」
「祭りって、生け贄の? バカらしい」
祭りと聞いて、アネモネの眉が歪んだ。
これまで別に敏感になることはなかったのに。
アネモネにも別れている間に何かあったのかな。
メガネのツルを触っていると、気まずそうにアネモネは顔を逸らす。
ずっとこうである
。
なぜか話が弾まない。
どんなことを話していたかわからなくなり、気まずさだけが二人の間を支配していた。
まぁ、一緒にいるだけでもいいか。
「じゃぁ、屋敷に行こうか。先生にも話がしたいし」
ここで留まっても、気まずさが晴れることもなく、先を促した。
「そういえば、なんでベクルに先生が?」
歩いていると、不意にアネモネは聞いてきた。
そっか、その辺の事情は知らないのね。
「実はね、先生って元々“蒼”の人だったらしいの。それも相当位の高い隊長格だったみたい。それで、“蒼”の内部でいざこざがあって、復隊したって」
「噓でしょ。あのだらしない先生が? 信じられない。ないないない」
思わず声をもらすアネモネ。
先生に対して呆然とし、大げさに手を振る仕草に以前の明るさが戻っていた。
つい私も笑ってしまう。
「でしょ。でもほんと。それに、そのおかげで、私らの容疑も晴れてくれたの。だから、こうやって堂々と街を歩けるんだけどね」
「いや、でも隊長なんて。それじゃツルギ隊長と同じってこと?」
ツルギ隊長…… そっか、それは知らないのか。
束の間戻った明るさに嬉しくもなるけれど、ツルギ隊長のことに息が詰まり、角を曲がったところで足が止まってしまう。
楽しそうに笑うアネモネに、躊躇してしまう。
ツルギ隊長が死んだなんて…… でも……。
「あのね、アネモネ。ツルギ隊長なんだけどーー」
「何? 先生に庇ってもらったとしても、やっぱり厳しいの? 私、嫌よ。説教受けるのって。それだったら、先生を茶化して帰るからね。ツルギ隊長に会ったら怖いし」
調子を戻したアネモネの声は弾み、冗談っぽく手を振るなか、私は小さくかぶりを振った。
「聞いて、アネモネ」
冗談を振る舞うアネモネに改まると、首をひねられた。
いつかは話さなければいけない。
それが今。
息を深く呑み、唇を噛んだ。
「ツルギ隊長はね…… 死んだの」
「ーー?」
「隊長はね、殺されたの」
「ーーっ」
重苦しい言葉をこぼすと、次第にアネモネの顔が歪んでいく。
受け入れたくない、悲痛な事実。
「噓でしょ、リナ」
渇いたアネモネの声が苦しく、私はうつむくしかなかった。
「どうしてっ。なんで、そんなことになってるのっ」
行き場のない憤りが一気に注がれた。
逃げることも許さない、とアネモネは私の腕をしっかりと掴んで。
「私も先生から聞いただけだから、詳しくはわかんないけれど……」
私が知っていることを伝えた。
ツルギ隊長の死。
先生が左腕を失ったこと。
そして、帝が亡くなったこと。
伝えなければいけないことが多すぎ。
「……イシヅチ」
言葉を噛み殺すと、すぐさま地面を蹴った。
「行かなきゃっ。先生に話を聞かないとっ」
一目散に走るアネモネ。
向かう場所は一つしかなかった。
先生のいる屋敷に。
慣れた場所であっても、今のアネモネはどこか危うさがあった。
必死に後を追うのだけれど、大きな十字路となる場所に差しかかったとき、唐突に足が止まってしまう。
アネモネもほぼ同時に足が止まっていた。
「どういうこと?」
「なんで、こんなところにこれが?」
二人して戸惑ってしまう。
唖然として目を合わせた後、一方を険しく睨んでしまった。
開けた十字路に突如現れた祭壇を目の当たりにして。
……なんで?
なんで、こんなことに……。




