第五部 第六章 3 ーー 信じたくない ーー
三百十三話目。
キョウ、やっぱり、私も受け入れられないわ。
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キョウが死んだ?
そんなの、私も信じたくない……。
何、冗談なんか言ってんのよ。バカにしないで。
気を失ったエリカを見つめつつも、私から顔を背けるセリン。
重い体を奮い立たせ、こいつを殴りたくて拳に力を込めた。
でも一歩も踏み出せない。
セリンを殴りたいのは本当。
でも今はそれ以上に……。
私はキョウ、あんたを殴りたいのよ。
手の平に爪がめり込むけれど、痛みなんてなかった。
アネモネと話をしろ?
何、言ってんのよ。私のことより、あんただってしょうでしょ。
エリカのことでしょっ。
噓かもしれないけれど、あんたの死を聞いて、エリカはショックを受けているのよ。
あんたが支えないでどうするのよ。
早く来なさいよ。
私は信じないわよ。
キョウが死んだなんて。
ーーでも。
認めたくはないけれど、心のどこかで“もしかして”と、受け入れてしまいそうな隙間も、悔しいけれどある。
セリンを見ていると。
こいつは、ミサゴみたいにふざけた冗談で人が苦しむ姿を楽しむような、そんな歪んだ奴じゃない。
己の信念を持って突き進むと思う。
それに、こいつはエリカをレイナと呼び、親身になる姿は、演技でもなんでもない。
本気で心配している。
もしかしたら、レイナって人は。
そんなことを勘ぐるほどに、セリンの態度から滲み出していた。
私だってそれぐらいはわかる。
だこらこそキョウは。
まったく、何をしてんのよ。あんたがいなくなれば、本末転倒じゃない。
エリカはどうするのよ。
私はやっぱり受け入れたくない。
キョウが死んだなんて。
涙なんて出ないわよ。
私はまだ……。
今は……。
今するべきことは。
「……エリカを落ち着いた場所に」
殴りたい衝動をグッと堪え、弱々しく呟いた。
ミサゴが姿を消してしばらく経ち、帰ってくる様子はない。
エリカもすぐに目を覚ます様子もない。
致し方なく、近くの町へ向かうことにした。
ここで騒ぐべきでもなく、静かに見守ることにしておいた。
近くの町は静かな町。
閑静な町並みは、争いを拒んでいそうで、大きな騒ぎとは無縁に見えた。
また、この町には珍しく祭壇を見ることはなかった。
それを知ったアネモネは、どこか安堵しているように見えた。
ひとまずエリカを休ませるため、宿に身を寄せることにした。
そして、無事にエリカを宿に休ませると、セリンは何も言わずに忽然と姿を消した。
……リナ。
私はその場にいなかったけど、セリンは噓なんて言わないわよ……。




