第五部 第六章 2 ーー エリカの雰囲気 ーー
三百十二話目。
私一人ってのも辛いわね。
アネモネ、あんたは大丈夫?
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無事でいてくれたことに込み上がる安堵感。
その一方で、脅えるエリカに奇妙な違和感を抱いてしまう。
震えを堪えるように、胸の前で手を握るエリカ。
キョウを心配する姿に変わりはないのだけれど、髪を後ろで束ねていた。
これまで髪を束ねていた姿を見たことがなかったので、新鮮さもあり、よかったのだけれど、やはり違和感が拭えない。
「……レイナ?」
戸惑いを隠せないでいると、アネモネが心配そうにに顔を上げる。
レイナ。
そういえば、エリカはアイナの姉であるレイナの生まれ変わりだと。
だったら、今の意識は彼女の…… でも。
「どういうことなの? キョウが死んだって……」
「落ち着いてレイナ。ちゃんと話をすればーー」
「どういうことっ。キョウが死んだって、そんなの、そんなの絶対に嘘っ。そんなの信じないっ」
「落ち着け、レイナッ」
その場で発狂するエリカに、それまで黙っていたセリンが駆け寄る。
「しっかりしろ、レイナッ」
発狂するエリカをセリンは支え、暴れようとするのを必死に抑えこんでいた。
「何があったのっ。何がっ」
エリカは目を真っ赤に腫らせ、涙を滲ませてセリンに訴える。
セリンは顔を背けて返事を渋った。
「言葉通りなんじゃないの? 奴は死んだって」
そこに追い打ちをするように、ミサゴが放つ。
あたかも他人事なんだと、あっけらかんに。
ミサゴの冷酷な追い打ちに、セリンの腕を掴んでいたエリカが止まる。
「ミサゴ、今は茶化さないでっ」
すぐさまアネモネが一蹴するけれど、ミサゴはおどけて首をかしげるすくめるだけで、聞く耳を持たない。
「……キョウ…… 本当、なの…… ねぇ、リナ……」
………?
事情が摑めないまま、壊れたみたいに弱々しいこえをもらすと、そのままエリカは膝から崩れてしまった。
この子……。
「レイナッ」
咄嗟にセリンが体を支え揺らすけど、反応はない。
「どうやら、気を失ったみたいだ」
慌てて立ち上がるアネモネにセリンは言うと、エリカを軽々と抱え、私のそばに寝かせた。
気を失い、眠ってはいるけれど、目の周りは赤いまま。
「レイナ、大丈夫かな」
「ーー違う」
再び座り込み、エリカの顔を覗き込むアネモネを否定すると、唖然としたアネモネが顔を上げる。
「レイナって誰よっ。今泣いていたのはエリカよっ。キョウのことを悲しんでいたとはエリカよ。間違えないでっ」
思い切り叫ぶと、アネモネは畏縮して肩をすぼめるが気にせず睨んだ。
これだけは譲っちゃいけない気がした。
「こっちの事情も知らないで。やっぱり勝手だね、君らは」
気まずさが漂うなか、ミサゴが冷淡に呟いた。
すぐさま睨んでやった。
「キョウの言っていたことは本当ね。彼女を追い詰め、狂わせているのは紛れもなくあんたたちよ。アイナのため、とか言って、ただ責任転換しているだけよっ」
溜まっていた不信感をぞんざいに吐き捨てると、標的をセリンに変え、睨みつけた。
セリンは答えず、顔を背けるだけ。
「逃げないで答えなさいよっ」
黙っている姿がより癇に障り、より声を荒げた。
「リナ、今は抑えて」
「うるさいっ。アネモネは黙っててっ」
仲裁を入れようとアネモネが割り込むが、すぐに拒絶した。
今は弁解なんて聞きたくない。
「文句があるなら、また相手になるよ」
胸が怒りで爆発しそうになっていると、再びミサゴが割り込んできた。
望むところよ。
反射的に立ち上がると、ミサゴは挑発的に頬杖を突いて笑っていた。
「止めておけ、ミサゴ」
次に何か喋れば飛びかかろうとしていると、セリンがミサゴを一蹴する。
すると、ミサゴは「はいはい」とわざとらしく頷いた。
「けど、僕はアイナ様のために、奴はいらないってことに変わりはないけどね」
「あんたねっ」
依然、態度を変えないミサゴに声を荒げる。
ミサゴはフッと嘲笑して槍を持ち、機嫌を損ねたのか、忽然と姿を消した。
結局、ミサゴは私に苛立ちを残すだけになった。
「……俺は間違っていたのかもしれない……」
苛立ちで体の熱が抜けないなか、セリンの弱々しい声が木霊した。
リナ……。
私も今の状況、正直わかんないんだよね。




