第五部 第六章 1 ーー 予期せぬ再会 ーー
三百十一話目。
新しい章が始まったけど、キョウは?
第五部
第六章
1
勝手なことを言わないで。
アネモネと話をしろ?
そんなことは私が一番望んでいることよ。
わかったようなことを言わないで。
それが難しいから、悩んでいるんでしょっ。
それができないから……。
……リナ。
キョウに対する憤りが爆発物しそうなとき、どこかでアネモネの声がした気がした。
……リナ。
そんなはずないじゃない。
幻聴を聞いてしまう自分にまた怒りが強まり、頭が痛くなる。
「……リナ、大丈夫……」
なんで聞こえるの。なんでアネモネの声が。
「リナ、しっかりして」
ーーっ。
米神を押し潰すような痛みに混じって聞こえたアネモネの声に、意識がはっきりとしていく。
噓でしょっ。
と叫びたくなり、目蓋を開いた。
飛び込んできたのは、澄んだ青空。
雲一つない青が広がる様に、瞬きが止まらない。
さっきまで黒いテンペストが覆っていたはず。
「目が覚めた?」
胸がざわめく。
青い空に動揺しているなか、心を揺さぶる声。
紛れもないアネモネの声に、視線を右へ移したとき、心配そうに目尻を下げたアネモネの顔を捉えた。
なんで?
「なんで? アネモネ?」
驚きや衝撃よりも、疑念が強まってしまう。
事情が掴まないまま、体を起こそうとすると、アネモネが背中に手を回して支えてくれる。
夢でも幻でもない、アネモネの温もりが肌に伝わる。
アネモネ……。
瞬間、アネモネを引き寄せ、強く抱き締めた。
消えたりしない。
幻じゃない温もりがしっかりと体に伝った。
「リナ、大丈夫だから落ち着いて」
突然のことに驚くアネモネ。
懐かしい香りに私は顔をうずくまらせ、何度も頷いてしまう。
泣き出しそうな私を宥めるように、背中をポンポンと優しく叩いた。
幻でもない温もりに気持ちは鎮まり、ようやく顔を上げた。
そこでやっと周りの光景を捉えた。
どこかの忘街傷らしく、近くに大きな岩が転がっており、さっきいた場所とは懸け離れていた。
「私…… なんで?」
「ミサゴが連れて来てくれたのよ。もう大丈夫だから」
ミサゴと聞いて、また体に緊張が走る。
忘れていた怒りが熱を帯びさせ、反射的に体を放した。
ミサゴを捜してしまう。
「ま、それが約束だったからね」
憎らしい声が聞こえ、視線が動くと、奥歯を噛んでしまう。
ミサゴを見つけて。
ミサゴは少し離れた場所に転がる石に座り、悠然とパンを頬張っていた。
槍は地面に寝かせて足を組んでいる。
余裕を見せる姿は憎らしさを増している。
「僕としては、無視してもよかったんだけど、それだとセリンが怒るもんね。だろ?」
と、ミサゴは横を向くと、石のそばでセリンは腕を組んで立ち竦んでいた。
セリンは顔を背くように、体を横に向けている。
きっと私がここにいることが彼も気に食わないのでしょう。
それぐらいはわかる。
ただ、二人ともマントのフードをめくっている。
ここでは素顔を晒しても平気ということでしょう。
アネモネも平然としている。
奇妙な疎外感に苛まれそうになっていると、肝心なことに胸を締めつけられた。
「そうだ。キョウは? キョウはどこにいったの?」
「キョウ? 一緒にいたの?」
事情を知らないアネモネがキョトンとする。
「ねぇ、キョウはどこなのよっ」
すぐさまミサゴを睨みつけた。すると、ミサゴは平然とパンを噛み砕きながら、
「そういえばそうだね。どうなの、セリン?」
と話をセリンに振る。
セリンは体をこちらに向けると、しばらく私を睨んだ。
鋭く獰猛な眼光に萎縮してしまう。
何か、大きなことを迫るような、揺るがない眼差し。
また緊張が走り、息を詰まらせるなか、セリンは一度息を吐き、
「……奴は死んだ」
……ーー。
……?
……?
……え?
「ーー死んだ? キョウが?」
「そうだ」
セリンの重い声がずしりと胸に流れ込んでくる。
キョウが…… 死んだ?
……はぁっ?
「ーー噓よっ」
すべてを否定しようと口を開いた瞬間、私の後ろで悲痛な叫び声が響いた。
懐かしくもある声に惹かれ、ゆっくりと振り返った。
少し離れた場所に、騒然と立ち竦むエリカがいた。
青ざめた顔で目を丸くして。




