第五部 第五章 5 ーー キョウ ーー
三百九話目。
ここで決着をつけるべきね。
5
雨音が邪魔をするなか、僕の声が木霊した。
突然のことにリナは目を剥き唖然としている。
セリンやミサゴも眉をひそめる。
「お前ら、それだけ余裕があるってことは、テンペストから逃れる方法があるんだろ」
時間がないなか、賭けではあったけれど、攻めてみた。
「答える必要はない」
反応したのはセリン。
表情は引きつっている。否定もせず、こいつが答えるってことは。
ーー当たりか。だったら。
「だったら、リナを連れて行ってくれ」
「ーー?」
瞬間、セリンとミサゴは瞬きも忘れて呆然としている。
「あんた、何考えてるのよっ」
ただ一人、横のリナが声を荒げ、突如僕の胸ぐらを掴み、引き寄せた。
驚きからか目を剥いている。
「何、勝手なこと言ってるのよっ。なんで、そんな話になるのよっ」
そのまま殴り飛ばされそうな勢いのなか、リナの右腕を掴んだ。
「お前ら言ったよな。アイナのために動くって。それだと矛盾がある」
「ーー矛盾?」
「そうだ。アイナのためってなら、アネモネのためでもあるんだろ。だったら、リナは生かすべきだろ」
「話が掴めないんだが?」
「だってそうだろ。このままなら、リナも僕もテンペストに呑まれる。その先はわかってるんだろ。そうなれば、アネモネにどんな支障が起こるかわからないだ。アネモネを苦しめたくないなら、アイナのために動くなら、リナを助けるべきだ」
「それって、僕らを脅迫してるつもり?」
「違う。提案、交渉だ」
嘲笑うミサゴに強く断言した。
「あんた、何ふざけたこと言ってんのよっ。私はそんなこと認めないわよっ」
まだ手を放さず引っ張り続けるリナに、僕はかぶりを振った。
雨によって銀の前髪が乱れながらも、眼差しには憤りが満ちている。
掴んでいた右腕をより強く掴んだ。
「お前はアネモネとちゃんと話してこいよ。今ならまだ間に合う。リナなら大丈夫だろ。アネモネとちゃんと話ができるよ」
「でも、あんたはどうするのよ」
急に脅えるリナに笑ってみせた。
「何、笑ってるのよっ。勝手なことーー」
また文句が飛んできそうななか、リナの声が詰まる。
息を詰まらせたのと同時に、リナの体から力が抜けていく。
剣を逆手に握り直した右手が、リナの腹へとめり込んでいた。
ここまで上手くいくとは。
反抗するのは予想できていたので、リナを気絶させた。
意識を失い、力なく倒れるリナを支え直す。
「頼む。リナをアネモネのもとに」
「だから、そんなの聞く義理がないんだけど?」
「ーー頼む」
それでもおどけるミサゴに頭を下げた。
返事がなくても、しばらく頭を下げていた。
「ーー連れて行け、ミサゴ」
冷たい雨が降り注ぐなか、セリンが静かに呟いた。
期待に顔を上げると、感情を殺したセリンと、釈然としないミサゴの顔とぶつかる。
「早くしろ。時間がない、ミサゴ」
無視しようとするミサゴを、セリンは促す。
「はいはい、わかったよ」
しばらく思案した後、意外にもあっさりとミサゴは受け入れた。
一度槍を振り回して肩に乗せると、こちらに歩み寄り、リナを受け取る。
ミサゴは体に似合わず
リナを軽々と肩に乗せた。
「でも、君は連れて行かないよ」
「構わない」
最後まで嫌味をこぼすミサゴに吐き捨てた。
リナを受け取り、僕から離れると、ミサゴは突如消えた。
魔法をかけられたのか、マジックを見せられたのか、理解ができないまま、呆然とするしかなかった。
わかっているのは、雨が強まり、黒雲のうねりが高まっているだけ。
ミサゴが消え、残ったセリンと睨み合った。
雨に髪が濡れながらも、異様な雰囲気は薄れない。
しばらく黙っていると、不意にセリンは剣を持った右手を横に大きく振る。
刃に乗っていた雫が飛ぶ。
「お前をテンペストに呑ませば、何が起きるかわからないからな」
「だから始末しておく、か」
「悪く思うな。レイナのためだ」
「……エリカだ」
セリンと向き合うと、殺されるのが迫っているのに、身構える気になれない。
「以前は彼女のためにお前も助けたが、今回は違う」
「そうか。だったら、エリカを頼む」
「お前はさっきから頼んでばかりだな」
「……だな」
リナが助かったことに対する安堵感から、急に不安が薄れていき、力が抜けていく。
「なら、その対価をわかっているのか?」
「ーー命、だろ」
即答すると、自然と笑みがこぼれた。
雨が頬を伝うなか、テンペストが轟いた。
……頼んだ。




