第五部 第五章 4 ーー 衝突の先 ーー
三百八話目。
なんでそんなに笑えるのよ。
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偉そうなだと、また反論してくるか?
剣を握る右手により力を入れると、殺気を放っていたセリンは剣を下げる。
少しは効果があったのか。
「それは君らも一緒だろ。君らも彼女らの何を知っている?」
唐突なセリンの問いのなか、ミサゴも立ち上がる。
こいつはまだ敵意を失っていない。
どこか声に禍々しさは抜けていた。
「彼女、アネモネは自分の境遇を受け入れた。それだけの覚悟を受け入れたんだ。レイナに至っては、君たちが追い詰め、彼女を目覚めさせたんだ。彼女を守れなかった君に責任があるんだよ」
意味がわからない。
ただ僕らを惑わすため、そんなことを言っているのか。
でも、動揺なんてしてる暇はない。
奥歯を噛んで踏み留まる。
負けるわけにはいかない。
「僕らはそれを後押しするだけ。それだけは変わらない」
ミサゴは仰け反った。
揺るぎない意思を示すように。
だが、ミサゴの主張の先に見えないものがあってザワザワする。
「それって、周りの者を巻き込んでも構わないって言いたいのか」
「お前らのことか? お前らのことを言うなら、気にはならないな。むしろ、僕らは目立たず行動していた。首を突っ込んできたのはお前らだ」
「ミサゴ、喋りすぎだ」
気を緩ます隙を与えてしまったのか、飄々と喋り出すミサゴ。
サリンが制すと、「はいはい」と面倒そうに首をすくめた。
こいつら、やっぱり何を企んでいる。
「だったら、そこにアネモネの意思はないの?」
より疑念が高まっていくと、おもむろにリナが口を開く。
「ーー知らないよ」
リナの憤慨をミサゴは間髪入れず否定した。
あたかも期待を裏切るようにあっけらかんと。
呆然とするリナ。
次第に目を剥き、表情が青ざめていく。
「ふざけないでっ」
引き裂かれそうな叫喚。
そのまま倒れそうなリナは踏み留まり、訝しげに眉をひそめる。
「アネモネは苦しんでいるのよっ」
怯まず叫ぶリナ。
「あんたたち、アイナがどうとかって、偉そうにしてるけど、ちゃんとアネモネを見てないでしょっ。アネモネは苦しんでいるじゃないっ。アイナを助けるっ? 笑わせるんじゃないわよ。あんたらがアネモネを苦しめてんのよっ」
感情を爆発させると、手にしたナイフをミサゴに飛ばす。
すぐさまミサゴは槍で振り払った。
憎しみをぶつけるべく、リナを睨んで。
槍を構えるミサゴ。
咄嗟に剣を構え直した。
リナも今度は素手で構える。
「まったく。またこの構図。面倒だな、ほんと」
僕らを睨み溜め息をこぼすミサゴ。
どちらが迫ってくるか警戒していると、動揺を与えたのか、また黙っていたセリンが何かに気づいたのか、ふと顎を上げた。
僕らに威圧するのでもなく、僕らの後ろのさらに遠くを気にしているように眉をひそめた。
どうしたんだ、と怪訝にすると、背中のすぐ近くで雷鳴が轟いた。
それまで睨み合っていた空気を震わす音に、その場にいた四人の足元が闇に浸食されていく。
辺りが暗転するなか、誰もが自然と視線をあげた。
空が闇に染まっていた。
ただの曇り空とは異質を漂わす漆黒の闇。
稲光が走るテンペスト。
少なからず緊張が全身を駆け巡る。
ーーでも。
「逃げないのかい?」
茶化してくるミサゴに、剣を構え直す。
「あんたたちが消えないって言うならね」
「へぇ。その強気、褒めてあげるよ」
「うるさいっ」
ミサゴの挑発に半ば乗ってしまったリナが地面を蹴る。
反射的にミサゴも飛びかかる。
ミサゴの一撃をリナはすり抜け、距離を詰める。
気のせいか、リナは先ほどより機敏に見えた。
それでもーー
次第に雨が強まり、テンペストがいつ襲うかわからない。
迷っている暇なんてない。
ずっと静観するセリンも気がかりだけど、早く終わらせるために加勢する。
直線的な動きをするリナ。単調的に見えるけれど、それに合わすしかない。
先行するリナの影に入り、隙を突いて倒せれば、と、攻めた。
だが、それらはすべて槍でいなされ、リナの拳も避けられた。
しかも、どこか楽しむように口角を上げて。
「何がおかしいって言うのよっ」
ミサゴの態度に気づいたリナは怒鳴るが、反応はない。
大きく蹴り上げた攻撃をかわすと、また距離を取るため、後ろに下がった。
こちらも体勢を整えようと、集まった。
雨がより強まり、視界を遮るなか、ミサゴが笑っているのは、悔しいけれどわかる。
「ツルギと言ったっけ。そいつらと戦い方が似てるなって。そんなんじゃ僕らに勝てないのになって思ったんだ」
笑うミサゴ。
「バカにしてっ」
「ーー待って、リナッ」
すぐに飛びかかろうとするリナを、肩を掴んで慌てて止めた。
何っ、と憤るリナに、視線を空に移す。
空はより深さを増していた。
不思議とわかってしまう。もう少しで呑み込まれると。
「そんなの関係ないっ」
僕の意図に気づいたリナは、手を振り払おうとするが、力を入れて制した。
しばらく睨んでいると、ようやく気が鎮まったのか、一歩下がった。
そこで手を引くと、ミサゴを睨んだ。
雨に地面がぬかるんでいくなか、二人は平然としている。
特にミサゴは余裕すら見せ、楽しんでいる。
「お前たちに一つ、頼みがある」
……今することは……。




