第五部 第五章 3 ーー あいつはエリカ ーー
三百七話目。
なんで私らが責められなければいけないのよっ。
3
地を震わす怒声に体を強張らせたとき、おもむろに剣を抜くセリン。
獰猛な目で睨まれ萎縮しそうになる。
「苦しめるっ? それはお前たちだろうっ」
セリンとの距離はどれだけあった?
瞬きをした瞬間、自問する間もなくなく一気に距離を詰められ、目を見開いた。
これまで何度セリンに遭遇していた?
そのたびに体から放たれる異様な圧迫感に萎縮することもあった。
それでも、禍々しさといった恐怖はなく、孤高な姿に圧倒されるような緊張であった。
そこで心底から警戒を高めることはなかった。
それなのに、今はセリンの一言は敵意に満ちていた。
こいつ、そんな奴だったか?
ほんの一瞬の間にそんなことが頭を巡ってしまう。
戸惑いに襲われながら、セリンの刃を受ける。
重いっ。
かなりの力があり、足が引かれる。受けるだけで体が軋む。
指先が悲鳴を上げそうだ。
「なぜ、レイナが現れたと思っているっ」
刃越しにセリンの怒号が轟く。
こいつがこんなに感情的になるなんて。でもーー
「そんなこと知るかっ」
「それはお前たちが彼女を苦しめたからだっ。追い詰めたからこそ、レイナが出現しなければいけなかったんだろう。彼女は出るつもりもなかったはずだ」
怒りに隙を突かれ、ナイフを弾かれてしまう。
ナイフが手から放れ、宙を舞って地に落ちる。
まだ右手が痺れる。やっぱリーチが短い。
いや、それ以前に……。
「お前はレイナの何を知っているっ。何も知らないくせに、偉そうな口を叩くなっ」
体勢を立て直したいのだけれど、セリンはそれを許さない。
幾度となく刃の洗礼が空を斬る。
屈強な体格とは裏腹に、セリンは動きを止めない。こいつ、意外にもミサゴより早い。
何度も迫る刃を寸前でかわすしかない。
くそっ。風圧だけでも斬れそうだ。
剣の軌道をかわすのは、ただ踊らされているだけ。情けない。
どうする?
かわすだけだと何もできない。ナイフは…… くそっ。
ナイフを拾うだけの隙すらない……。
くそっ、距離を詰めないと。
ダメだ。
感情的になっているとはいえ、ミサゴより隙がない。
「ーーキョウッ」
隙を伺っていると、リナの声が響く。
「ーーっ」
次の瞬間、僕の右手に剣が握られる。
この剣……。
リナの方向に振り返った。
すると、リナは倒れていた“蒼”の兵のそばで膝を着いていた。
恐らく倒れていた兵の剣を投げてくれていた。
なんだっていい。今は踏み込むだけ。
「ごちゃごちゃ、うるさいっ」
体を回転させ、右手を振り上げた。
ようやく、セリンの剣を弾かせた。
体をよろめかせるセリン。
まだ、もう一歩。今ならセリンの懐ががら空き。
ここを攻めるしかない。
両手で剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
ーー貰ったっ。
金属音が激しく火花を散らした。
なんで、火花が散るんだっ。
「珍しいね、セリン。あんたが油断するなんて」
困惑が襲う間際、嘲笑するミサゴの声が響く。
すぐ足元から。
ミサゴが眼前にいた。
セリンとの間に片膝を着いて座り、両手で槍を横に向けて抱えていた。
僕の放った一撃はミサゴに受け止められていた。
「キョウ、放れてっ」
リナの発狂に反応し、横に跳ね飛んだ。
それと同時にナイフが飛んでくる。
まったく、いいタイミング……。
でも一歩遅れれば、僕が喰らってた。
容赦ないよ、ったく。
関心と戸惑いが混じり、頬を紅潮していると、ミサゴは槍を回転させる。
ナイフは簡単に弾かれる。
やっぱり、こいつら油断ならない。
リナのそばに下がりながら、改めてこいつらの脅威に背筋が凍る。
なんだろう、ほんの数回しかぶつかっていないのに、何時間も戦ったみたいな疲労感に襲われ、肩で息をしていた。
「お前たちは、何を知っていると言うのだ」
大きく深呼吸をし、息を整えるなか、セリンは剣先をこちらに向ける。
「そんなの知らない」
一歩も引かない。
ここで引き下がるわけにはいかない。
「あいつはエリカだ。レイナとか、生まれ変わりとか、そんなの関係ない。エリカはエリカだっ」
「そうよっ。アネモネだってそうっ」
結論はそれだけ。
それ以上でも、それ以外でもない。
元々口論なんかすり気もないんだ。こいつらが乱しているだけ。
「生まれ変わりだからって、なんだっ。生まれ変わったあいつらに責任を負わす。そんなのそれこそ、お前たちの傲慢でしかないだろっ」
……許さないっ。




