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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第五章  2  ーー  ミサゴとの戦い  ーー

 三百六話目。

   やっと出番。

     それにちょうどいい場面だしね。

            2



「ツルギ? 先生?」


 ミサゴはとぼけて槍の柄で肩を叩いた。


「とぼけないでっ。ベクルの屋敷であんたと戦った人たちよっ。覚えてないなんて言わせないわよっ」


 リナが叫喚すると、両手を胸の前で構えた。すでに手にはナイフが握られている。

 リナの剣幕の前に、ミサゴはふと宙を見上げる。


「あぁ、あの二人か。弱すぎて忘れそうになっていたよ」


 半笑いで口角を上げると、ミサゴは槍を構え直し、刃をリナに向けた。


「ふざけないでっ。そんなにバカにしてっ。誰だと思ってるのよっ」

「僕に二人がかりで戦った無能なおじさん、じゃないの?」

「ーーバカにしてっ」

「よせ、リナッ」


 そんなの安い挑発でしかない。

 慌てて制するのだけど間に合わず、リナは地面を蹴っていた。

 ミサゴの憎らしく唇を舐めた。

 攻めるリナに対してミサゴの身長よりも長い槍を軽々しく振り回し、リナを振り払われる。

 すぐさまナイフで受け止めるが、力負けして弾かれてしまう。

 リナはステップを踏んで下がり、すぐに体勢を直すと、隙を与えず立ち向かう。


「ふざけんのもいい加減にしてよっ。あんたの気分次第で荒らされたら困るのよっ。なんで、あんたは人の邪魔をすんのっ」


 一度詰め合っただけで、リナはリーチ的に不利と察したのか、攻め方を変えた。

 俊敏に左右に動き回ると、隙を突いて刃で攻める。

 だが、ミサゴはそれらをすべて柄で受け取り、かわされていた。

 ただ、それまで飄々としていたミサゴの表情が引き締まると、隙を突いて槍を振り上げる。

 リナが右手に握っていたナイフが直撃を喰らい、弾かれた。

 回転して宙に舞ったナイフは、そのまま地面へと突き刺さる。

 すぐさまリナはミサゴを睨むが、ミサゴは反応しない。


「本当にバカにしてっ。あんたが遊んだせいで、ツルギ隊長は殺されて、先生は左腕を失ったのよっ。それを忘れるなんて、ふざけないでっ」

「……遊び?」


 するとミサゴは片頬を歪ませ、また槍を頭上で一回転させた。


「遊びでやっているわけがないだろっ」


 空気を切り裂くような叫喚。

 それまでとは違う、張り詰めた叫び。

 耳を疑った瞬間、刃を振り下ろし、刃が地面にめり込む。


 目を疑った。


 ミサゴのような細く小さい体から、信じられないほどの力が垣間見てしまう。

 驚きで固まる僕と違い、リナはほんの隙を突き、体を回転させ距離を詰めだ。

 そのまま左の拳をミサゴの脇へとめり込ました。


 入ったっ。


 思わず声が出そうになった。

 まかりなりにも怪力…… いや、リナの本気の拳が入った。

 しかも、感情的になっている。

 絶対に吹き飛ばされるか、うずくまるはず。

 絶対に骨の一本や二本。

 もう無傷ではいられないはずだ。


「……遊びでやっているわけないだろ」


 倒れると確信するなか、恨み深くミサゴの声が轟く。


 聞こえるはずがない。なんで……。


 ミサゴは倒れていなかった。


 なんで倒れない?


「こっちだって、遊びでやってなんかないんだよっ」


 もう一度、ミサゴが叫んだとき、目を疑った。


 リナの拳は脇を捉えていると思ったが、その間にミサゴは左手で受け止めていた。

 嘘だろ。

 リナの一撃を受け止めるなんて。なんでっ。


「お前らは邪魔なんだよっ。だからーー」

「ーーリナッ」

「引けっ、ミサゴッ」

「ーーっ」



 ーーくそっ。


 突如セリンの叫喚が轟くと、ミサゴは手を放し、後ろに飛んで下がった。

 体勢を崩すリナを支えると、僕は右手を突き出していた。

 右手にはリナのナイフが握られている。


 数秒前のこと。


 リナの一撃をミサゴが受け止めた瞬間、僕は地面をけっていた。

 一気に距離を詰める間際、弾き飛ばされたナイフを拾い上げ、組み合うリナの背中に近づいた。

 名前を叫び、身を退かそうとするのと同時に、ずっと見守っていたセリンが叫ぶ。


 セリンに動きを読まれていた。


 ナイフの刃が空を切り、「ちっ」と舌打ちをするなか、トントンと跳ねて、セリンのそばに下がり、体勢を整えるミサゴ。


「僕らが邪魔って、どういうことだ」

「アイナ様は思いを貫こうとしているんだ。もう辛い思いをさせない。絶対にもう失敗なんかしないんだ、僕らは」

「何をごちゃごちゃ言ってるのよっ。アネモネを惑わせないでって言ってるでしょっ」

「うるさいなぁ。だったらお前たちだって、どうして彼女に固執するんだよ」

「そんなの決まってるでしょ。アネモネは私の妹なんだからっ」


 飛び交う口論のなか、リナの叫び声が際立った。

 これまでミサゴは飄々としていたけれど、槍を地面に突き立てた。

 どこか感情を剥き出しにしているようで、初めて見る姿に驚いてしまう。


 でも引けない。


「それにエリカはどこにいるんだっ」


 リナに負けず、僕も後に続いて叫んだ。


「あぁ。レイナね。彼女にしたって、君らのそばにいる必要はないよ」

「違うっ。エリカだっ。あいつを変な名前で呼ぶなっ」


 エリカと呼ばないことに腹立たしく、ナイフを持った右手を大きく振り払う。


「これ以上、あいつを苦しめるなっ」

「ーー苦しめる?」


 怒りをぶつけたとき、不意にセリンが一歩前に出る。


「彼女を苦しめているのはお前たちだろっ」


 それまで静観していたセリンが急に声を荒げた。

 

 ……僕は許さない。

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