第五部 第四章 11 ーー セリンの決意 ーー
三百三話目。
同情はするわね。昔のことを知ると。
……けど。
11
遠くで漆黒の雲が轟いていた。
今もどこかでテンペストは起きている。
あれからどれぐらいの途方もない時間が経っていたのか……。
途方もない時間……。
考えるだけで、辛さが体を壊してしまいそうで苦しくなる。
残されている事実は、アイナ様を死なせてしまった罪。
すべては俺の責任であろう。
あのとき、ハクガンにもっと同調し、アイナ様を強く制止しておけば、と後悔だけが体を縛っていく。
自分の立場なんか、捨てていれば……。
もしかすれば、そうすれば、レイナも助けることができていただろうか。
わかってはいる。
そんなものは、ただの“たられば”ではあると。
けれど、今、ここに自分がいる存在意義を考えると……。
「結局、テンペストは消えてくれないんだよね」
遠くのテンペストを後悔に苛まれながら眺めていると、後ろからミサゴの声が近づいた。
ミサゴは隣に立つと、フードをめくる。
「いいのか、顔を出して」
あの日に負った傷はやはり完治することはなく、大きな傷痕が残っており、ミサゴも顔を晒すことを嫌っていた。
それは恥と捉えているのか、はたまた自分への罰と捉えているのかは定かではない。
傷に触れることすら憎むミサゴは、返事もせず頬を歪めるだけ。
「やっぱり、アイナ様は間違っていたの?」
「どうだろうな」
「あのとき、すべての鍵を開けることができなかった。だったら、僕らは時間をかけて続けるだけ。そうだろ、セリン。鍵を全部開けば、テンペストが鎮まる…… 本当にそうなるのかな……」
「形とすれば、人の業を吸い込ませ、テンペストを鎮める。身勝手なことだな。それこそ、星が悲鳴を上げたくなるものだ」
アイナ様が産まれるずっと前、星の息を紡ぐ者がワタリドリにいた。
その人の伝承として残っていた。
その昔、星は人の業を吸い込むことで、テンペストを鎮めていたと。
もしかすれば、アイナ様はこれ以上、星に負担をかけたくなかったのか?
いくら大きな器であっても、許容以上のものを注ぎ込めば限界がくる。
一杯膨らませた風船が破裂するように。
それは星だって同じなのか?
限界がくれば、何が起きるか保証はないんだ。だからこそ、鍵を開くことを止めたのか。
あのとき、自分が体をもって制することで、人々の気持ちを鎮め、星に対する負担を減らそうとしていたのたまろうか。
今となってはわからない。
わかっているのは、アイナ様の意思を継ぐアネモネは、鍵を開こうとしていること。
それが正しいのかは別として……。
だが、そうなればアネモネが行っているのは……。
危惧はあるが、それよりもアネモネの意思を尊重しておくべきだ。
「でも、僕はアネモネがしようとすることを絶対に手助けするよ。アネモネはアイナ様。もう間違いたくないんだ。何があっても、アイナ様の意思を」
ミサゴなりに責任を背負っているのは痛感して、理解もできる。
俺もここに存在していることは、似た心境であるのだから。
だが、危うさもある。
「なら、これからどうするんだ?」
ミサゴの目つきが変わる。
一気に憎しみに満ちた禍々しさが灯り、濁っていく。
「そんなの決まってる。アイナ様の邪魔をする奴はすべて消していく。人を脅かそうとする“蒼”の連中もそう。あいつらがテンペストを強める根源だって僕は考えているから。それにーー」
遠くの空を眺めると、憎しみを掻き消そうと噛み締める。
「それにあのリナって奴も邪魔なんだ」
「アネモネの本来の姉か。だが、なぜ奴に問題が?」
「あるよ。あいつはアネモネの意思を惑わす。あいつはアネモネの前に立つ壁でしかないんだ。だから邪魔するなら、あいつだって」
リナという者のそばには、確かキョウと呼ばれた者もいたな。
「あいつらはアネモネだけじゃなく、レイナにも悪影響を与えてしまうのか」
「どうだろうね。でも、少なくてもレイナにだって影響があると思うよ」
振り向いたミサゴの顔に曇りはなかった。
迷っているのは俺かもしれんな。
「今後、僕は絶対にアイナ様、アネモネを守るよ。絶対に」
「そうか」
……そうだな。
うん。
でも、今の僕らにとって、それとこれとは別だし。




