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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第四章  8  ーー  悲しみに混じる怒り  ーー

 三百話目。

  すべてはここから…… ってこと……。  

            8



 咆哮は止んだ。


 俺は高台から眺めるしかない。

 二頭の大きな獣が睨み合うのを阻むように、間にアイナ様は立つ。


 そして踊り続けていた。


 大剣を自分の手足のように操り、妖艶にそして大胆に。


 遠くからでも、普段とは違う勢いを感じてしまう。

 とても小さな灯火かもしれない。

 それでも強く眩い火であってほしい。


 届いてくれ、アイナ様、届いてくれ。


 ここで戦争を止めれば、怒りを鎮めてくれるなら、テンペストが強まることはないんだ。

 それをアイナ様は伝えようとしているんだ。


 ここで戦争を開始してしまえば、きっと取り返しのつかないことが起きかねない。

 もしかすれば、テンペストはさらに脅威となり、より人々を苦しめる災いと成りかねないのだ。

 星の声なんてものは聞こえない俺であっても、それだけは想像がつく。


 だから。

 だから耳を傾けろ。

 争いを今すぐ止めろ。


 心が叫んだとき、アイナ様の右手が天に突き挙がる。


 踊りが終幕を迎えた。


 さぁ、人々よ、耳を傾けーー


「ーーっ」


 願いが弾けそうなとき。




 一筋の光がアイナ様の胸を貫いた。


「アイナ様っ」


 大地を蹴った。


 すぐにでもアイナ様のもとへ。


 一本の矢がアイナ様の胸に突き刺さっていた。

 右手に握られていた大剣が重力に負け、地面へと傾いていく。

 右手から大剣が放れるのと同時に、アイナ様は地面へと倒れた。


「ーーアイナ様っ」


 ふざけるなっ。


 ウォォォッ


 ふざけるなっ。


 オォォォッ。


 うるさいっ。

 うるさいっ。


 静まっていたはずの咆哮が再びうねり始めた。

 それまでよりも広く、大きく轟いていく。

 体が熱い。

 痛い。

 視界が滲んでいく。


 泣いている……。俺が……?


 くそっ、くそっ。何が戦争だ。


 勢いよく剣を抜いた。


「……許さないっ。絶対にお前たちを許さないっ」


 誰でもいい。そこにある命を…… 奪うっ。


「なぜあの二人は苦しまなければいけない。お前たちを憂い、苦しんでいたんだぞ。なぜそれをわかってやれないっ。耳を傾けることができないのだっ」

 

 荒野を駆け下りた。

 どちらの国の兵かなんて関係ない。


 憎いっ。

 そこに命があることが憎い。


「ふざけるなっ」


 止めて、セリン ーー


 あと数メートルと地面を蹴ったとき、唐突にアイナ様の声が響き、足が止まる。


「アイナ様?」


 不意に視線を動かそうとすると、眉をひそめた。


 辺りが暗い。


 さっきまで晴れていたんじゃないのか。

 晴れ渡った空を眺め、アイナ様は笑っていたんじゃないのか?

 込み上げた疑問が顔を上げさせる。


「……なんだ、この空……」


 それまで澄んでいたはずの空がいつの間にか漆黒の闇に埋もれていた。

 何かの魔物でも佇んでいるようで、稲光が走るたびに息を吐くみたいに身を震わせた。

 息が詰まっていく。

 空が堕ちてくる。

 すべてを呑み込もうとして。




 そして、終幕を迎えた。

 すべてが憎い……。

   わかる気がする……。

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