第三章 6 ーー 遭遇するもの (2)ーー
ーーん?
今回のサブタイトル、手抜き?
三十話目になるんだけどなぁ。
手で髪を撫でて解かしているときである。
どこかからか、口論のような甲高い声が届いてきたのは。
すると、石畳の通路の斜め前の店先で、店主と客らしき男が何か揉めていた。
ケンカではないみたいだけど。
小太りで、腹の出た店主は、白いエプロンをピチピチにしながら、困ったように頭を掻いていた。
対して、男は私よりも二、三才は若そうだった。十二、十三才ぐらいか。
細身の男だけど、背中に大きなリュックを背負っているので、旅人だろうか?
それにしては、量は少ないし、若すぎる気がした。
どうも、男が店主に詰め寄っていて、店主を困らせているようである。
「祭りがないって、本当にそんなことがあるの?」
「だから、言っているだろ。それは町によってそれぞれなんだよ。隣の町じゃやってるみたいだけど、この町じゃ祭りなんてやっていないのさ」
「じゃぁ、人柱は?」
「人柱ぁ? なんだよ、それ。変なことばっかり言うみたいだな、君は」
「……そんな。じゃぁ、テンペストは……」
「何を変なことを言っているだよ、君は」
なかば店主は憤慨しているように見え、ぞんざいに吐き捨てた。
男は諦めたのか、頭を下げて、こちらへとトボトボと歩いて来た。
擦れ違い際、男の様子を伺うと、気の弱そうな、大人しそうな男であった。
顎が尖っているけど、強く物事を言えば、すぐにでも気持ちが折れそうな、華奢に見えた。
まぁ、関係のないことよ、と無視していたとき、
「ねぇ、祭りのことなんか調べてどうするの?」
揉めていた店は八百屋だったらしく、店先には木箱が多く並べられ、カラフルな野菜や果物が陳列されている。
たまには果物でも、と揺らいでいたとき、アネモネが急に踵を返し、男に声をかけたのである。
何をまた変な好奇心を出してんのよ。
「アネモネッ」
もう、遅かった。
アネモネはすでに男に気さくに喋っており、男も足を止めていた。
社交的すぎるのも問題だな、と内心嘆き、アネモネに拳を一撃食らわせたい。 まぁ、初対面の者にまた変な印象を持たれたくないので我慢したけど。
そのまま無視するわけにもいかず、近くの酒屋に入り、話をすることにした。
「あんた、祭りのことなんか調べてんの?」
「いえ。それはただ、この町には祭壇らしい物がなかったから。それでちょっと気になって聞いただけです」
テーブルで向かい合った男は、うつむき加減で弱々しく答えた。
やはり気が弱そうだ。まぁ、優しそうではあるけれど。
「僕はただ、人を捜しているんです。それでこの町はちょっと違うなって思ったから」
ふ~ん、と頷いた。
まだ町全体を見て回ったわけではないけれど、確かにこの町に祭壇はなかった。大概は、大小様々であっても、祭壇を見てきたので。
「あの、あなたたちも旅人の方ですか?」
「ーーえ、まぁ、そうだけど?」
不意に問われて戸惑いはしたけれど、別に否定する理由はない。
私らが旅人だと知ると、男は安堵したように肩を揺らす。
「あの、実は僕、ある人らを捜しているんです。その人らに伝えることがあって、その人らを捜して旅をしているんです」
「それって、どんな人?」
アネモネが興味を持ってしまった。
「えっと、僕よりも少し年上の男女なんですけど、男の人はちょっと頼りなさそうなんですけど、優しそうで。女の人は……」
そこで男は少し逡巡してしまい、鼻頭を擦った。
「女の人はすごい人見知りみたいで、オドオドした人でした。長い黒髪の綺麗な人なんですけど、でもたまにしっかりと喋って。あと、すごい大食いの人だったんですけど」
男は思い出したように鼻で笑う。
ひ弱で影薄男に、人見知り大食い女。奇妙な組み合わせの二人である、と。
「それで、その人らは人を捜しているとかで、旅をしているらしいんですけど」
「んで、その人らを追って旅を続けてるんだ。その人らの当てはあんの?」
「いえ、何も。でも、絶対に捜さないとって思ってて」
正直、途方もない旅であることは伝わってくる。それでも、力強く頷く男。
様子からして迷いはないみたいで、その強さに感心してしまった。
「あの、そういう二人に会ったことってありますか?」
「ごめんなさい。そういう人らに会ったことはないわ」
力なくかぶりを振る。
そうですか、とうなだれる男が多少申しわけなくなった。
「ねぇ、あなたの名前は?」
突如聞いたのはアネモネ。
男は急に聞かれたので、目をキョトンとさせている。
「だってそうでしょ。私らがあなたの名前を知っていれば、それだけ伝えやすくなるからさ」
まったく。この子は勝手なことを言い出して……。
「あ、僕、ヤマトって言います」
まぁ、たまにはこういうこともあるでしょ。




