表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき
3/352

 第一章  2 ーー 町の名はカノブ ーー

 あれ?

 「序」との繋がりは?

 いいの? 第三話目っ。

            2



 カノブ。

 足が悲鳴を上げそうななか、久しぶりに訪れた町の名前。

 これで久しぶりにちゃんと調理された食事にありつける。

 正直、少し寂れた町で、歩いていると足音だけが後を追ってきそうな感覚になっていた。

 物静かなせいか、困窮した町なのかと疑い探索していたのだけれど、宿を兼用した酒屋に入ると、それは杞憂でしかなかった。

 町の建物は飾りだったのか、と疑いたくなるほど、人の姿が溢れていた。

 町の住民が酒を交わし、活気に満ちていた。

 テーブルの上には手の込んだ豪勢な食事が並んでいる。肉に魚、と申し分ない。

 しばらく山や川で釣っていた魚との違いは歴然で、文句の言いようがない。

 素人が釣り上げた魚なんて、ただの餌だと言いたげな大きさの魚が調理され、皿に盛られている。


 しかし、量が違っている。


 注文に間違いはないよ。

 料理を持ってきた店主さえ耳を疑っていた。

 でも、五、六人前の品数がテーブルに敷き詰められており、圧倒されてしまう。


「まったく。よく食うな。どれだけ食べるんだよ」

「いいじゃん。普段はキョウの味気ない魚とかが多いんだし。町に来たときぐらい食べないと」


 エリカは手にしたフォークで焼かれた魚の塊を刺し、口へ運んだ。

 さらりと嫌味を置いて。

 それはもう、頬を緩ませ、満面の笑みで。

 子供みたいな顔を見て、呆気に取られてしまう。

 テーブルに並べられた料理の九割は、エリカの胃へ吸い込まれていくのだから。

 まったく。細い体して、よくそんなに食べられるものだ。

 五食分に分けても、僕ならば腹がはち切れそうなんだけと。

 三割感心、七割は引いていると、僕の気持ちに気づいたのか、エリカはフォークを口にくわえたまま、岩みたいにしわを寄せて睨んでくる。

 子供が拗ねるみたいに。


「ほら、キョウだって食べなよ。もったいないんだし」

「わかってるよ」


 お前が食べすぎなんだ、とは喉に留めておき、肉を頬張った。

 獣を野性で仕留めるのは難しい。

 僕も狩りが得意ではないので、しばらく肉は食っていなかったな。

 久しぶりの肉は柔らかくて美味いし、自然と目尻が下がる。それを見たエリカも目を細め、今度は魚にフォークを伸ばした。

 肉汁を満喫しながらも、手が止まった。

 エリカの食欲に圧倒されているのもあるけれど、手が止まってしまうのには、もう一つ理由があった。

 色鮮やかな料理を捉えておけばいいのに、ふと華やかさに泥を塗るみたいに食欲を荒らされ、息が詰まってしまう。

 町には中心に広場があり、そこから円を描くように建物が広がっている。

 酒屋も広場に面したところに建てられており、窓から広場を一望できるのだけれど、そこに異質な物があった。

 それが食欲を土足で邪魔してくる。


「あれって、何か意味があるのかな?」

「まぁ、さっきのやつと同じようなやつだからな……」


 広場には、どこか祭壇らしき設置物があった。

 ついさっき森のなかで見た、祭壇とどこか似ている。ただ、こちらは森のものよりもしっかりと組み立てられており、木材も朽ち果てておらず、出来てさほど年数は経っていないのは見て取れた。


「よう、嬢ちゃん。いい食べっぷりだね。それだけ豪快に食べてもらえると、こっちも作ったかいがあって、嬉しいよ」


 窓の外を眺めていると、店主らしき男が声をかけてきた。

 頭にタオルを巻き、屈服のいい体に黒いシャツと黒いエプロンをした、五十代と見える店主。

 手にはボンを乗せ、三脚のコップを載せている。

 エリカの食欲に満足しているのか、無精髭を生やした口を大きく開けて豪快に笑っていた。


「……お ……しい ……す……」


 ガハハッ、と店主の笑い声が木霊するなか、か細い声が微かに舞う。

 空耳かと店主が口をすぼめ、首を伸ばしてきた。


「……美味しい…… です…… はい……」


 すると、微かにエリカらしき声が揺れた。エリカは俯き、手を止めている。


「ーーん? 嬢ちゃんかい?」

「うむ。美味である。主人よ、これだけの料理、さすがの腕ですなっ」


 瞬間、ムクッと頭を上げたエリカが一気にまくすと、肉の塊をフォークで突き刺し、口へと運んだ。

 変な口調になって。

 呆気に取られた店主は目をショボショボとさせ、一心不乱に料理を口に運ぶエリカを眺めていた。

 状況が掴めず、途方に暮れた店主がこちらに振り向いた。

 目が合った瞬間、僕は苦笑して手を振った。


「気にしないでください。こいつ、人見知りなんで、緊張すると変な口調になるんです。これでも、すげぇ、楽しんでます」

「そうか? まぁ、それならいいんだけどな」


 随分強引な言い訳であるのは痛感している。けれど、本当のことなので、これ以外は何も言えない。

 どこか圧倒されてしまったのか、店主は何度か小さく頷き、奥のテーブルへと足を向けた。

 離れる店主を目で追ったあと、大きく溜め息をこぼすと、その分、体に重力がのしかかり、疲れる。

 険しい山を登ってなんかいないよな、今は。


「ったく、いい加減に慣れろって。旅を続けている限り、人と会うことは切っても切れないんだしさ」

「わかってるわよ。でも慣れないの。なんか、肩に力が入っちゃって」


 エリカは手を止め、肩をすぼめていた。イタズラがバレて親に怒られた子供みたいに目を逸らし、泣きそうになって。

 これまで、こうした境遇は何度もあった。

 エリカは極度の人見知りであり、普段、僕とは普通に喋るのだけれど、初対面の人と話すと、極度に声が小さくなってしまうか、どこか奇妙な口調になったりと、いくつかの形になってしまう。

 だからか、話した人には驚かされたり、呆気に取られたりすることが多く、その度に僕はフォローしていた。

 助けた特典は、もちろんないのだけど。

 本人もそれは気にしているのだろうけど、いくぶん、性格なのですぐには変わらない。


 だから、気にはしていないけれど。


 それでも、こうした場面の後は、すぐにエリカは自分を責めるように、悔しそうに唇を噛む姿が多かった。

 嫌いな食べ物はないはずなのに、手を止めて。

 真冬の夜中に海に潜るぐらいに、その顔を見るのは辛い。


「ほら、早く食えって。冷めるぞ。それにこれ、美味いぞ」


 皿に盛られた揚げ物を勧めて笑った。

 正直、この悔しがっている姿を見るのは辛く、気にしてほしくなかった。

 だから、気を紛らわせたかった。


「ーーあ、ほんと。美味しい」


 エリカに笑顔が戻った。

 エリカ、繋がりのことは…… ね?

 では、次回も応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] けっこう表現などの密度が高くて、情景が浮かびます。 [気になる点] 3話まで読んで、キャラクターがハッキリわからないです(わざとかもしれませんが)。 あと文章量も多いので、途中で空白行を入…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ