第一章 2 ーー 町の名はカノブ ーー
あれ?
「序」との繋がりは?
いいの? 第三話目っ。
2
カノブ。
足が悲鳴を上げそうななか、久しぶりに訪れた町の名前。
これで久しぶりにちゃんと調理された食事にありつける。
正直、少し寂れた町で、歩いていると足音だけが後を追ってきそうな感覚になっていた。
物静かなせいか、困窮した町なのかと疑い探索していたのだけれど、宿を兼用した酒屋に入ると、それは杞憂でしかなかった。
町の建物は飾りだったのか、と疑いたくなるほど、人の姿が溢れていた。
町の住民が酒を交わし、活気に満ちていた。
テーブルの上には手の込んだ豪勢な食事が並んでいる。肉に魚、と申し分ない。
しばらく山や川で釣っていた魚との違いは歴然で、文句の言いようがない。
素人が釣り上げた魚なんて、ただの餌だと言いたげな大きさの魚が調理され、皿に盛られている。
しかし、量が違っている。
注文に間違いはないよ。
料理を持ってきた店主さえ耳を疑っていた。
でも、五、六人前の品数がテーブルに敷き詰められており、圧倒されてしまう。
「まったく。よく食うな。どれだけ食べるんだよ」
「いいじゃん。普段はキョウの味気ない魚とかが多いんだし。町に来たときぐらい食べないと」
エリカは手にしたフォークで焼かれた魚の塊を刺し、口へ運んだ。
さらりと嫌味を置いて。
それはもう、頬を緩ませ、満面の笑みで。
子供みたいな顔を見て、呆気に取られてしまう。
テーブルに並べられた料理の九割は、エリカの胃へ吸い込まれていくのだから。
まったく。細い体して、よくそんなに食べられるものだ。
五食分に分けても、僕ならば腹がはち切れそうなんだけと。
三割感心、七割は引いていると、僕の気持ちに気づいたのか、エリカはフォークを口にくわえたまま、岩みたいにしわを寄せて睨んでくる。
子供が拗ねるみたいに。
「ほら、キョウだって食べなよ。もったいないんだし」
「わかってるよ」
お前が食べすぎなんだ、とは喉に留めておき、肉を頬張った。
獣を野性で仕留めるのは難しい。
僕も狩りが得意ではないので、しばらく肉は食っていなかったな。
久しぶりの肉は柔らかくて美味いし、自然と目尻が下がる。それを見たエリカも目を細め、今度は魚にフォークを伸ばした。
肉汁を満喫しながらも、手が止まった。
エリカの食欲に圧倒されているのもあるけれど、手が止まってしまうのには、もう一つ理由があった。
色鮮やかな料理を捉えておけばいいのに、ふと華やかさに泥を塗るみたいに食欲を荒らされ、息が詰まってしまう。
町には中心に広場があり、そこから円を描くように建物が広がっている。
酒屋も広場に面したところに建てられており、窓から広場を一望できるのだけれど、そこに異質な物があった。
それが食欲を土足で邪魔してくる。
「あれって、何か意味があるのかな?」
「まぁ、さっきのやつと同じようなやつだからな……」
広場には、どこか祭壇らしき設置物があった。
ついさっき森のなかで見た、祭壇とどこか似ている。ただ、こちらは森のものよりもしっかりと組み立てられており、木材も朽ち果てておらず、出来てさほど年数は経っていないのは見て取れた。
「よう、嬢ちゃん。いい食べっぷりだね。それだけ豪快に食べてもらえると、こっちも作ったかいがあって、嬉しいよ」
窓の外を眺めていると、店主らしき男が声をかけてきた。
頭にタオルを巻き、屈服のいい体に黒いシャツと黒いエプロンをした、五十代と見える店主。
手にはボンを乗せ、三脚のコップを載せている。
エリカの食欲に満足しているのか、無精髭を生やした口を大きく開けて豪快に笑っていた。
「……お ……しい ……す……」
ガハハッ、と店主の笑い声が木霊するなか、か細い声が微かに舞う。
空耳かと店主が口をすぼめ、首を伸ばしてきた。
「……美味しい…… です…… はい……」
すると、微かにエリカらしき声が揺れた。エリカは俯き、手を止めている。
「ーーん? 嬢ちゃんかい?」
「うむ。美味である。主人よ、これだけの料理、さすがの腕ですなっ」
瞬間、ムクッと頭を上げたエリカが一気にまくすと、肉の塊をフォークで突き刺し、口へと運んだ。
変な口調になって。
呆気に取られた店主は目をショボショボとさせ、一心不乱に料理を口に運ぶエリカを眺めていた。
状況が掴めず、途方に暮れた店主がこちらに振り向いた。
目が合った瞬間、僕は苦笑して手を振った。
「気にしないでください。こいつ、人見知りなんで、緊張すると変な口調になるんです。これでも、すげぇ、楽しんでます」
「そうか? まぁ、それならいいんだけどな」
随分強引な言い訳であるのは痛感している。けれど、本当のことなので、これ以外は何も言えない。
どこか圧倒されてしまったのか、店主は何度か小さく頷き、奥のテーブルへと足を向けた。
離れる店主を目で追ったあと、大きく溜め息をこぼすと、その分、体に重力がのしかかり、疲れる。
険しい山を登ってなんかいないよな、今は。
「ったく、いい加減に慣れろって。旅を続けている限り、人と会うことは切っても切れないんだしさ」
「わかってるわよ。でも慣れないの。なんか、肩に力が入っちゃって」
エリカは手を止め、肩をすぼめていた。イタズラがバレて親に怒られた子供みたいに目を逸らし、泣きそうになって。
これまで、こうした境遇は何度もあった。
エリカは極度の人見知りであり、普段、僕とは普通に喋るのだけれど、初対面の人と話すと、極度に声が小さくなってしまうか、どこか奇妙な口調になったりと、いくつかの形になってしまう。
だからか、話した人には驚かされたり、呆気に取られたりすることが多く、その度に僕はフォローしていた。
助けた特典は、もちろんないのだけど。
本人もそれは気にしているのだろうけど、いくぶん、性格なのですぐには変わらない。
だから、気にはしていないけれど。
それでも、こうした場面の後は、すぐにエリカは自分を責めるように、悔しそうに唇を噛む姿が多かった。
嫌いな食べ物はないはずなのに、手を止めて。
真冬の夜中に海に潜るぐらいに、その顔を見るのは辛い。
「ほら、早く食えって。冷めるぞ。それにこれ、美味いぞ」
皿に盛られた揚げ物を勧めて笑った。
正直、この悔しがっている姿を見るのは辛く、気にしてほしくなかった。
だから、気を紛らわせたかった。
「ーーあ、ほんと。美味しい」
エリカに笑顔が戻った。
エリカ、繋がりのことは…… ね?
では、次回も応援よろしくお願いします。