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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第四章  7  ーー  世界に問う  ーー

 二百九十九話目。

   なんだろ、これまでにないこの胸騒ぎ……。

            7



「ふざけるなっ」


 アイナ様の提案を聞いたととき、立場を鑑みず、叫んでしまった。

 叫ばずにはいられなかった。

 俺の激昂に驚いたアイナ様は一種脅えたが、すぐさま表情を強張らせる。


「ーーお願い」


 微動だにしない眼差しは強く、揺らぐ素振りはない。

 だったら、俺が逆らえるわけがない。

 逆らえるはずがない……。





 レイナの部隊が襲われ、七日が経とうとしていた。

 辛うじてアイナ様を逃がすことに成功したが、世界の状況は混迷の渦に呑み込まれようとしていた。


 そこで飛び出したアイナ様の提案……。


「アイナ様、私もあなたの提案には反対します。あなたがそこまで身を削る必要はありません。レイナのことも含め、きっと名案はほかにあるはずです。それを探すべきです。あなたの考え方は、早急すぎます」


 言葉にすれば丁寧なのだが、ハクガンの制する口調はかなり強く、普段温厚な口調のハクガンもかなり憤っていた。


「……でも、私はそれでいいと思うよ」


 一向に折れようとしないアイナ様に、ハクガンも珍しく引き下がらず抵抗し、ある場所に向かおうとするアイナ様の前に立ちはだかった。


「お願い。剣を貸して」


 それでもアイナ様も引かない。

 優しい口調ながらも、ハクガンに手を差し伸べる。ハクガンの背負う大剣を求めて。


「どうか、お気持ちを改めていただけませんか? イカルもあなたを追い詰めるためにこれを研磨し直したわけではありません。彼も話を聞けば、激昂するはずです」

「わかってもらえない?」

「ーーはい。例え、それがあなたと袂を分かつことになっても、私は拒みます」


 つい目を見開いてしまった。

 ハクガンの物言いはまるで……。


「それって、アイナ様を裏切るってことっ」


 ミサゴはじっと黙っていたけれど、ハクガンの態度に声を荒げた。


「……残念ですが、形としてはそうなるかもしれませんね」

「ーーミサゴッ」


 ハクガンの揺るがない態度を見た瞬間、ミサゴは自身の武器である槍の刃をハクガンに向けた。

 ハクガンも動じず、鋭い眼光でミサゴを睨んでいた。


「僕はアイナ様のために動く。もう絶対に失敗なんかしたくない」


 ミサゴもまた語句を強める。

 それだけレイナのことに責任を感じているらしい。


「残念です。そこまで視野を狭めることは……」

「アイナ様を侮辱するなら、僕が許さないよ」


 ハクガンが嘆くと、そこにさらにミサゴは刃を近づける。


「……ごめん、ハクガン。お願い、私の最期のワガママだと思って」


 真剣な眼差しで懇願するアイナ様。

 しばらく睨み合っていると、根負けしたハクガン力なくは項垂れた。


「セリン、あなたはどう思っているのですか?」


 意見を求められ、唇を噛んだ。

 俺だってこんなふざけたことを認めたくない。

 けれど、ハクガンみたく強い意思を持ち合わせていない。


「俺に止める資格はない」


 声が震えそうなものを堪え答えると、ハクガンは目を瞑り、しばらく思案すると、


「……わかりました。でも、私はここで失礼させてもらいます。本当に残念ですが」


 と溜め息をこぼすと、背負っていた大剣を外し、地面に突き立てた。


「後悔はしていないのですね、アイナ様」

「えぇ。大丈夫」


 と強く頷くと、アイナ様は大剣を受け取った。

 すると、ハクガンはアイナ様に背を向け、一歩を踏み出す。


「後をお任せします」


 擦れ違い際、俺だけに聞こえる小声でハクガンは呟くと、そのままこの場を去って行く。


「ハクガン、お前はこれからどうするんだ?」


 遠離る背中に呼びかけた。


「私も往生際が悪いんでしょうね。できればアイナ様が急がないことを願っています」


 振り返ることなく答えるハクガン。

 それまでになく覇気のない声。

 寂しく小さく見えてしまうのは気のせいなのか。


 何も言えなかった。


 それまで歯向かっていたミサゴでさえ、黙って見送るだけ。


 ただ一人、アイナ様だけが頭を深く下げていた。




 聞こえてくるのは、荒野に似つかない獣の咆哮。

 縄張りを奪い合おうと、互いに牙を向け合っている。


 ウォォッ ウォッ 


 一頭が牙を剥き出し威嚇すると、


 オォォッ オォッ


 一頭が己の威厳を示すべくうねりを上げる。

 普段、静寂が広がる荒野は、張り詰めた空気が鎮座していた。


「……始まりそうね」

「本当に辛いです」

「大丈夫よ。きっと大丈夫」


 遠くでうごめく獣の集団を眺めていると、アイナ様は目蓋を閉じた。

 釣られて目蓋を閉じる。

 アイナ様の言葉を借りるなら、大地が泣いている。

 星が嘆いている。


 なら問いたい。


 なぜ人はその声に耳を傾けないのだ?

なぜ、自分の保身を優先して、物事を見据えようとしない。

 なぜ目を背けるのだ。


 苛立ちが強まるなか、アイナ様は右手に大剣を握り、咆哮渦巻く戦火へと身を投じた。


 揺るがない意思を示すように、赤いドレスを身にまとい。

 ……これがすべての始まり……?

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