第五部 第四章 4 ーー 暗闇からの敵 ーー
二百九十六話目。
今の話って、私らは知ることができない話なんだよね、きっと……。
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アイナ様の決意を否定するつもりはないけれど、胸は痛んだ。
このような女の子に背負わすには責任は膨大すぎる。
そして、それを助けられない自分の未熟さに。
本当ならば、そんなことさせたくないのに。
自分の責任に打ちひしがれていると、横に座っていたハクガンと目が合ってしまう。
こいつも責任を感じているのか、表情を曇らせている。
「そうなると、やはり茨の道になってしまいますね。悲しいことに、アイナ様の気持ちを理解してくれなさそうですから」
「そんなものなの?」
「えぇ。辛い話ですが、他の国の者にしては、星の意思を聞けるアイナ様の周りは「テンペスト襲われない」と変に伝わってしまっていますからね」
「信じられないな。なんでそこまで歪んだ思想だけは根づいてしまうんだろうな」
「……どうすればいいのかしらね……」
「連中らに気を遣う必要はない。そんなことに気を遣うなんて無用です」
自分を責めるような素振りを見せるアイナ様に、強く言い切った。
それでも今回はアイナ様も不安が積もり出しているのか、譲らず俺を見てくる。
そこで一度髪を掻き上げた姿に、なぜか緊張が走ってしまう。
嫌な予感がする。
「だったらさ、やっぱり私が犠牲になれば、誰もがこんなに苦しむ必要はないのかな」
「ーーっ」
「ーーっ」
それは弱音と受けると、驚愕から俺とハクガンは同時に立ち上がってしまう。
ダメだ。そんなこと。
叫びたいのに、声が喉を通らない。
「ちょ、二人ともそんなに必死にならないで。冗談ーー」
俺たちの剣幕に圧倒されたのか、アイナ様は両手を見せて制すると、おもむろにハクガンが口元で右手の人差し指を立てた。
静かに、と言いたげに。
同時に俺も腰の剣に手を添えた。
敵がいるーー。
ハクガンとともに一気に緊張が走り、身を屈める。
ハクガンはアイナ様を庇い、マントのフードを被せる。
だが、俺たちの姿は闇に目立っていた。
焚き火が俺たちを晒している。
辺りの木々に影が揺れてしまっている。
もっと警戒をして消しておくべきだったと、後悔した。
今、火を消せば逆に目立つだけ。
ならば、迫る敵と向かい打つだけ。
微かにだが、人の足音が風に乗って肌に刺さる。
それほど多くない…… はぐれた兵? それとも隠密?
焚き火の揺れが反射する木を睨み、足音を追っていると、木々の隙間から一人の人影が飛び出した。
迷う暇なんてない。すぐさま斬るのみ。
「ーーっ」
剣を掴み、一歩踏み出そうとしたとき、すぐさま踏み止まる。
「ーーミサゴッ」
咄嗟に体を止めると、影からゆらゆらと力なくミサゴが現れた。
そのまま広場に崩れるように座り込むと、おもむろに顔を上げた。
「ミサゴ、お前っ」
驚愕で声が詰まりそうになる。
ミサゴはかなり慌てていたのか、全身汚れていた。
切羽詰まった様子であり、額に傷を負っているのか血を流し、片目を閉じていた。
治療もままならないのか、流れる血は土と混ざり顔を汚している。
「……セリン…… ハクガン……」
ミサゴは声を震わせると、突如目を真っ赤に腫らして涙をこぼした。
「ミサゴ、大丈夫なの」
ミサゴだと認識し、ハクガンの影から身を乗り出したアイナ様が寄り添い、ミサゴの肩に手を添えた。
「……アイナ様……」
すると息を詰まらせ、顔を伏せるミサゴ。
上手く声が出ず、嗚咽をもらしながら体を大きく揺らしている。
「……ごめん…… ごめん……」
「落ち着け、ミサゴ。何があったんだ」
尋常じゃない脅え方に、不穏な想像が体を縛り、熱を奪っていく。
「……レイ…… が。レイナ…… が」
途切れ途切れにこぼれる声。
繋ぎ合わそうにも、嗚咽が邪魔をしていく。
「……レイナが……」
ーーレイナ?
「レイナに何があったっ」
ミサゴは壊れたみたいにかぶりを振るだけ。
「……ごめん。アイナ様、ごめん…… ごめん、セリン……」
……だよな。
知っているのはセリンに……。




