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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第四章  3  ーー  くじけない姿  ーー

 二百九十五話目。

    過去の話なのね。

  まぁ、仕方がないのかもしれないけど……。

            3



 できることなら、逃げることすら回避したいものであった。

 速やかに争いが鎮まり、逃げる必要がなくなることを望んでいた。

 そうなれば、二人を危険に遭わす必要がないのだから。


 だが、心配は報われることはない……。


 世界は開戦への秒読みとなっていた。

 ワタリドリはハクガンの提案通り、散り散りとなり、逃げることとなった。


 俺はハクガンとともに、アイナ様の警護として同行し、村を出ていた。


「やはり、人の気持ちが鎮まることはなかったのね」


 村を出て三日。

 月がぼんやりと夜空を照らすなか、深い森のなかで休憩していた。

 焚き火に薪をくべると、火の影が木々に揺れていく。

 火の明かりに照らされたアイナ様が寂しそうに表情を曇らせていた。


「人はそれだけ複雑ということでしょう。人の業というものは深いもの。寂しいものですね」


 ハクガンも同調し頷く。


「アイナ様、あなたは心配しすぎなのです。今は自分のことだけを考えてください」


 髪を撫で、現状を嘆くアイナ様は唇を噛み、


「だから、星は怒っちゃったのかな」

「星が怒る?」

「うん。私ね、前から感じることがあったんだよね。それで気づいたんだ。テンペストって、昔は人を襲う残酷な災害なんかじゃなかったって」

「……にわかに信じ難いな。今となれば、テンペストは狂気でしかないんだから」


 アイナ様の話を鼻で笑うと、夜空を仰いだ。

 本当に人を襲わないのならば、無垢に光る星を無邪気に見ることができたのだろうか。


「それならば、星の気持ちを宥めることはきっと難しいでしょうね」


 話を聞いていたハクガンも嘆いた。


「本当に寂しいものです。テンペストを完全に抑えるには、人の業を鎮めなけらばいけないのですから」


 どうしてもハクガンの声が曇ると、アイナ様も小さく頷く。


「だから私がいるんだよね。星の嘆きに気づける私が。その悲鳴を抑えるために鍵がある」

「それを世界に知らせられないのは歯痒いことです」

「ーーだな」

「止めよ。こんな寂しいことを考えても、より星が悲しんでしまいそうだしさ」

 

 とアイナ様は満面の笑みを浮かべ、両手をバンッと叩いた。

 これでこの話は終わり、と言いたげに。


「大丈夫だって。きっと大丈夫。ね、笑おう。笑えば、なんでも前向きに考えておこう」


 くじけない姿に感服し、こちらも緊張が解れ、頬が緩んだ。


「それに、負けたくないんだよね。変な境遇になんて」

「そこはレイナとよく似ていますね」

「ま、姉妹だからね」


 それまでは俺らに心配かけまいと、気丈に振る舞う素振りから表情が浮かないアイナ様。

 それでもレイナと比較してしまうと、そこで初めて自然な笑みがこぼれた。


「だからさ、私はやるべきことをしようと思う」

「やるべきこと?」

「うん。星は望んでいるからさ。傷を治してほしいって感じる」

「わかっています」


 真剣な眼差しを俺にぶつけるアイナ様。

 その眼差しの奥に、揺るがない火が灯っていた。


 そう。

  重要なんだよ。だから、待っておこう。

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