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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第四章  2  ーー  レイナの決意  ーー

 二百九十四話目。

   キョウ、あんたは嫌じゃないの? 出番がないのが。

            2



 部屋にいた者らが、一斉に入り口へと振り向く。

 澄んだ声のする元へ。

 すると、扉を開いたところに忽然とレイナが立っていた。

 伸びた長い髪を後ろで束ね、目尻の上がった目をより鋭く吊り上げている。

 肌白く細身なのだけど、目尻が上がっていることは、それだけ意思が固まっているのだろう。

 目を吊り上げたときは、こいつが我を通すときだ。こうなれば、梃子でも動かすのは難しい。


 何を勝手に言っているんだ、まったく……。


「何をバカなことを言っているんだ、レイナ。わかっているのか、お前の命も危ういんだぞ」


 背が低く、細いくせに意思だけは強い。

 思わず立ち上がった。

 お前のことを心配しているんだ、と睨むけれど、レイナはおどけて目尻を下げる。


「命を狙われているのはアイナでしょ。あの子を助けるために必要だと思うけど」


 あっけらかんとするレイナに呆れて頭を抱えてしまう。

 声が詰まりそうだ。


「何を言っているんだ。狙われているのはお前も一緒だ。簡単にそんなことを言うな」


 ことを重要視していなさそうな雰囲気に、つい強く一蹴してしまう。


「違うわよ。一番守らなければいけないのはアイナだけ。私のことは気にしないで。星の声を感じるのはあの子の方が強かったから」


 一応、叱責したつもりでいたけれど、レイナは俺をじっと見詰めてきた。

 より真剣な眼差しで。


「大丈夫だと思うよ。人数を最小限に押さえて、散らばれば、それだけでも撹乱できるし、私が目立てば、それだけアイナには手薄になるだろうから」


 レイナに迷いはなく、こちらを睨んでいた。

 まったく曇っていない。

 これでは本当に梃子でも動きそうにもない。


「レイナ。あなたの言い分もわかります。でも本当に危険が伴いますよ。いいのですか? 結果によっては、あなたがアイナ様を悲しませることになるかもしれませんよ。あなた方はお互いを想い合っていますので」

「ありがと、ハクガン。でも大丈夫。きっと大丈夫だから」


 レイナを心配し、ハクガンが注意するのだけれど、レイナは笑顔を献上し、心配を払い除けた。


「レイナ。アイナは何か見えたか言っていたか?」


 この場に似つかない表情のレイナに、長老が尋ねると、レイナの表情が強張った。

 力なくかぶりを振る。


「何も聞くことはないと。それに期待しないで、とも言っていました。見たくても未来のことも見れない、と」

「ーーそうか。ではやはり、対策を練ることは難しいな。本当にいいのか?」

「ーーはい」


 力強く頷くレイナ。

 もう誰もこいつを止めることは不可能らしい。

 大きく唸り声を必死に堪えながら、席に座り込んだ。

 そばの壁を殴りたいぐらい、気が静まりそうになく、頭を抱えてしまう。


「心配しないで、セリン。私は大丈夫だからね」


 レイナの優しい声が降り注ぐが、まったく気持ちが鎮まることはなく、より胸が締めつけられ、ざわついてしまう。


「では、いくつに分かれるかだな。セリン、ハクガン。お前たちはアイナ様の警護を頼む。レイナにはイカル。それにーー」

「僕にさせてくださいっ」


 長老が警護の振り分けをすりなか、折れの後ろで声を上げる者がいた。


 ミサゴだ。


 ミサゴは緊張しているのか、震えそうな声を高ぶらせ、志願してきた。


「だが、お前はまだ若い。警護ではなくレイナらと逃げるべきだ」

「ですが、警護が多いことに越したことはないと思います。どうかお願いします」


 突然の発言に驚き、顔を上げて振り返ると、ミサゴが深く頭を下げていた。

 長老らは無言で顔を見合わせ、しばらく思案すると、


「わかった。頼むぞ、ミサゴ」


 と渋々ながら警護を認めた。

 顔を上げるミサゴ。

 表情は自信に満ちていた。

 あまり気負わなければいいのだが。

 僕は別に。

  大丈夫だって。いつかは出られるだろうからさ。

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