表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

293/352

 第五部  第四章  1  ーー  ハクガンの提案  ーー

 二百九十三話目。

   ……もう期待はダメってことなのかしら?

           第五部


           第四章



            1



 数分後、自分たちの運命すらも位置づける決断を下さなければいけなくなると、否応にも緊張が全身を駆け巡り、背筋を伸ばしてしまう。


 ワタリドリ。


 自分たちはただの方牧民だと捉えていた。

 誰かに危害を与えるような、低俗で横暴な民族ではなく、自分たちに誇りを持つ、気丈な者だと自負すら持っていた。


 しかし、世界はその誇りに傷つけ、嘲笑おうとしている。


「セリン。あなたは今後どうすればいいと考えていますか?」


 急にハクガンから話を振られ、頬がひきつった。

 場の空気は決していいとは言えなかった。

 淀んでいて息苦しく、目が霞みそうだ。

 今、世界は大きく揺れようとしている。


 二つの大国が利権を求めて争い始めようとしていた。

 大地を奪い、削り上げていくテンペストに背を向け、保身を守ることを優先して。


 俺たち民族は否応なしにも、二つの大国の狭間に挟まれていた。


「正直なことを言えばハクガン、お前の提案にも本心から賛成することはできない」


 村の中心にある村長の屋敷。

 その一番広い部屋に、数人が集まり、村の今後について話し合っていた。

 白髪を束ねた長老が上座に鎮座していた。

 シワと、歳のため目は窪んでいても、眼光の鋭さは衰えておらず、より空気を張り詰めらせていた。

 俺やハクガンといった若い者の意見も必要と招集されていた。

 俺は下座に座していた。

 さらに若い者として、ミサゴが俺の後ろに立っている。

 冷静で博識高いハクガンは、俺よりも少し上座に近い席に座り、俺に聞いていた。


 ハクガンの提案。


 それはワタリドリを狙う二国のどちらにも属せず、「逃げる」という選択。


 「では、お主はどちらの国に加担するのが賢明かと?」


 長老の地を這うような重い声が鼓膜を響かせる。


「いえ。どちらも俺…… いえ、私は望みません。それだけは一番ダメだと考えています」

「だからといって、我々のような小さな民族が大国二つを相手にするのは困難でしかないぞ」

「わかっています。ですが、逃げるにしても、かなりの危険が伴うと危惧しているのです」


 一人の忠告に苦言を呈すと、すぐさまハクガンを眺めた。

 俺の視線に気づいたのか、ハクガンは目尻を下げ、困ったように小さく頷いた。


「やはり、第一に考えるべきはアイナ様とレイナ。あのお二人をどのようにかくまい逃がすか、ということでしょうね」


 俺の危惧を察したハクガンが、上座に位置に座る大人らに向かい強く提言した。


「無論だ。あの姉妹は星の鼓動を感じ取れる二人。二人はワタリドリだけでなく、世界に必要な存在。奪われるわけにいかない」


 ハクガンが俺の意図を汲んで述べてくれた。

 それは大人たちにとって覆されるか、と身構えたが、一人が納得すると、周りの大人も同調して頷いていく。

 アイナ様にレイナ。

 二人の命を最優先にする考えが一致しただけで安堵した。


「では、テンペストを鎮める、という形で世界を鎮めることはできないのか。どうだ、イカル?」


 部屋に唸り声が広がるなか、長老が顎を上げ、一人を指した。

 俺の向かいに座っていたイカルに。

 うつむき加減に座っていたイカルは、静かに顔を上げた。


 癖のある長い髪を背中に束ねたイカル。

 四角い輪郭の顔が辺りに目を配ると、緊張が走った。

 頬が深く、無精髭を生やしているせいか、俺と歳はあまり変わらなくも、風格みたいなものが漂っていた。


「それは難しそうですね」


 期待を向けた大人たちの気持ちを折る、イカルの低い声が通った。


「すべてが難しいでしょうね。テンペストを鎮めようとしても、鍵の場所は世界に点在しています。それらを順次に開いていくにしろ、二つの国をまたぐことになります。そうなれば、二国の理解を得なければいけませんから。今の状況ではあのお二人の命をより危険に晒しかねないので」

「あの大剣を量産することはできないのか?」

 

 難しい表情のイカルに聞くが、イカルはかぶりを振ると俺を見据える。


「あの大剣は特殊なもの。作り起こすことは無理だろう。俺ももとからある刃を研磨しただけでしかない。悔しいが、俺が新たに作り出すことはできないな」

「……そうか」

「それに大量に大剣を作れたとしても、大剣を使って鍵を開けるのはあのお二人。別の者が大剣を使ったとしても、そばに二人がいなければ、効果は出てくれないだろう」

「やはりそうなのか」

「だから、テンペストを鎮めて争いを抑えるということに望みはないと俺は思う」


 俺を見ていた視線を全体に移すと、大人たちの溜め息がこぼれる。


「では、ハクガンの提案通り「逃げる」しか選択肢はないということか」


 長老の重い声がみなをうつむかせる。


「けど待てハクガン。逃げるにしても、どうするんだ。前にも言っていたが、どう逃げる?」


 実はハクガンから逃げる、と以前に聞いていた。


「確かにそうだ。吾々一同が一斉に移動すれば、それなりの大移動になる。二国の戦力を考えれば、狙われる可能性も高くなる。だとすれば、いくつかに分かれて移動するのが賢明だろうな。できるだけ少人数で散らばれば、撹乱の目的も果たせるからな」


 長老は白い顎髭を擦りながら示す。


「その際、ワシが移動するのを目立つようにすればいい。その間にアイナ様らを少数で移動させればいい」

「長老、それではあなたが囮になるではないですかっ」


 村人を振りわけようとする長老に、一人の村人が席を立ち、声を荒げる。


「長老までもがそんな危険を負う必要はありません」

「言っているだろう。優先するのはワシのような老いぼれてまはなく、あの二人だと」

「……しかし」


 長老を心配する者を制する長老。心配した者も苦汁を飲むように席に座る。


「だが、やはりアイナ様を逃がすには、それでは不十分だろう。何か他に手段を探さなければ。敵は想像を超えてくると考えて行動するべきだろう」


 長老の危惧をみながうつむき、頭を抱えてしまう。

 アイナ様を安全に逃がす方法……。


「私が囮になります」


 静寂に堕とされた部屋に、透き通った女の声が広く木霊した。


 レイナの声が。

 

 誰に聞いてるんだよ。

 まぁ、待っておこう。四章目も始まったんだし。

 では、今後もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ