第五部 三 ーー 想う ーー
二百九十二話目。
ちょ、ようやく出番だったのに、また?
年寄りの戯れ言、昔話なんて退屈でしかなかっただろう。
昔、ナルディアで親しくしていた三人の子供たちに、冗談交じりに指摘されていたではなかったか。
ツルギ、そうであったな。
それを理解できないほどに、私も年老いたということか……。
だが、祭壇を眺めている者がいると知ると、どうしても話したくなってしまう。
やはり祭りに対する歪んだ思想を正すためにも、伝えなければ、と……。
それが今の私の使命な気がしてならない。
私がテンペストに襲われ、生き残った者として。
数日前、肌が忘れていたはずのテンペストの冷たさを感じた。
肌が引き裂かれるような恐怖に襲われたとき、また私はテンペストに襲われたのだと気づいた。
……また?
なぜ、そう気づいたのか、と疑念を抱いたとき、忘れていたはずの記憶が頭のなかに沸いてきた。
私はずっと生きていたのか……?
正直、受け入れることなんてできない。
けれど、知らなかったはずの記憶に心が疼く。
レイナ……。
胸が締めつけられ、切り裂かれる苦しさがある。
だが、彼女を受け入れようとすると、心が救われる気がする。
考えれば考えるほどに、胸が痛い。
あの優しい微笑みが脳裏に強く浮かんでいく。
それは忘れていた光みたいに眩しく、体の熱を蘇らせていた。
そして、罪悪感のなかにも、小さく安心感がくすぶっているのだ。
忘れてはいけないんだ、と。
……きっとそうだ。
私が生け贄に対して強い憤りを抱いてしまうのは、レイナに対する贖罪から。
忘れていた事実であっても、消えていない記憶が、無意識のうちに私の体を突き動かしていたのだろう。
レイナの苦しみを無駄にしてはいけない、と。
きっとそうだ。
だから私もお節介だとしても、つい誰かに話しかけていたのかもしれない。
しかし、私の戯れ言に親身になって耳を傾けてくれる人もいて嬉しかった。
先日、話しかけた二人の女性もそうだ。
姿が見えなくても、声からしてきっと若い二人だろう。
だからつい、レイナについても話してしまったのだろうか……。
不思議であった。
二人の話を聞いていると、どこか懐かしくなってしまう。
ありがとう。
その一言は本当に胸に浸みていた。
なぜだろうか。
まるでレイナとまた話ができたような高揚感に似ていた。
……バカだな。
若い女性に現を抜かしていたのか。
そうだ、そんなこと、あるわけないじゃないか。
もういいじゃん。
話はちゃんと進んでるからさ。
では、三章目も今回で最後となります。




