第五部 第三章 5 ーー 歪んだ矛先 ーー
二百九十話目。
私らは知ることが多いはずなのに、教えてくれないのね。
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これまで祭壇を見つけては、必死になるレイナと遭遇していた。
なんだろ、恐怖? 不安?
そうした目に見えない敵に、追い詰められる様子を目の当たりにしていると、私まで怖くなっていくことがあった。
そうじゃないかな、と微かな予感を抱いたのはついさっきのこと。
ヒヤマが言っていた友人。
それがレイナならば、レイナは生け贄に遭っていたと。
それが事実であるならば、なんでレイナは生け贄にならなければいけなかったのか?
あの時代、生け贄なんて風習はなかった。
私は事実を知らなかった。
だからこそ、躊躇してしまう。
だが、恐怖を呼び起こす事実はレイナから躊躇なく告げられた。
唖然となっていると、レイナは心配ない、とかぶりを振った。
「大丈夫。気にしないで」
レイナは平然と話していると、私のなかで沸いてほしくない好奇心が膨らんでいく。
「……なんでレイナは生け贄なんかに?」
聞いちゃいけない、と自分を責めるのに、口が自然と開いてしまう。
そこでまたレイナは一度頷き、また祭壇のそばに寄ると、手で触れた。
「……あなたが命を堕とした後だったの。戦争は終わることはなかったわよね。それに呼応するように、テンペストが強まったのよ。すると人々の恐怖は強まっていくでしょ。それで生まれたのよ。「人の命を捧げれば」という歪んだ思想がね」
「それは今と変わらないわね。バカみたい」
「私は元々忌むべき存在だった。いえ、必要価値がなくなったって考えた方がいいかな。私を捉えた国であっても、戦争が続きそうななか、テンペストも強まると、その矛先が私に向けられたのね。ほら、私たち“ワタリドリ”は元々嫌われていたでしょ。特に私らは。テンペストは私らが原因だと考える人が多かったのよ、きっとね」
「凄い偏見よね。まぁ、変な力があったことは事実だけど…… でも、そう思うことがテンペストを強めるってことを、なんで知ろうとしないのよ」
私の、アイナの死後の話。
きっとレイナはそれでも話を押さえているのだろうけれど、話を聞いていると、苛立ちが高まり、毒づいてしまう。
「人は恐怖から逃げることはできないのかもしれないわね」
なんでそんなに冷静にいられるの?
苛立ちが体を支配していき、熱を帯びていくなか、レイナは屈託なく頬を緩めた。
私はそこまで寛容じゃない。
この苛立ちはどう治めればいいの?
晴れない気持ちを整理できなくて、悔しさから空を眺めた。
薄い雲が風に揺られ、太陽を隠そうとしていた。
自分の気持ちを見ているようで、よりざわついてしまう。
先見の力……。
なんでそのとき、レイナの死をアイナに見せることはなかったの?
そのとき、レイナの宿命を知っていたのなら、あのとき戦火に飛び込むことはなかったんじゃないの?
行き場のないモヤモヤが空を眺めても晴れない。
「……でも、あのときは信じていたのよ。私が犠牲になれば、世界は助かるんだって。塞ぎ込んでいた人々の気持ちは晴れるのを信じて、踊ったのよ」
レイナの踊り。
私も好きだった。
踊りで気持ちは鎮められる。
それもわかる気がする。
だから私も最期のとき、踊っていた。
踊りを見た人らが気持ちを鎮め、戦争なんかを止めてくれると信じて。
ーーでも。
「……星は何を考えているんだろう、って思うわね……」
「だね。正直悩んじゃうわね。私たちもテンペストを鎮めたいって思って鍵を開こうとしているのに……」
視線を傾かせ、背負った大剣を捉える。
正直、行き詰まっているから…… ね……。
アイナ、私たちってなんかみんなから蔑まされてる感じね。
なんだろ、一瞬、頭によぎったものがあった。
すっと空を眺める。
……私は間違ってない……。
そうだよね、リナ……。
「……あのとき、戦争が起きようとしていたとき…… あのときからすべてが狂い始めていたのかな」
……あのときから。
そこは難しいかもね。今は動けないから。




