第五部 第三章 4 ーー ヒヤマとレイナ ーー
二百八十九話目。
私らが勝手に動けたらいいのに。
4
偶然としては、あまりにも心に響くものがあった。
きっと難しいことなのだろうけれど、私は生け贄という形が消えてくれると信じていこうと思う。
ヒヤマが私たちに述べたことは、彼の決意にも聞こえ、深く染み込んできた。
ありがとう。
ヒヤマの去り際、レイナがこぼした声に、ヒヤマは一瞬戸惑ったように体を止めた気がしたけれど、レイナの声を噛み締めるように、また胸に手を当てた。
それはレイナの存在に気づいたのだろうか、と疑ったけれど、指摘することなく去った。
「辛くなかった?」
祭壇のもとで二人残ると、去ったヒヤマを惜しむように遠くを眺め、唇を噛むレイナに聞いてしまう。
「いいえ。むしろ嬉しかったかもね。私の知る人に会えて」
とレイナは目を細めた。
でも複雑な思いがあるのか、頭に手を当て、
「でもなんで? なんであなたがヒヤマさんのことを?」
私がヒヤマの存在を知り、レイナとの関係に気づいていたことに首を傾げるレイナ。
そっか。
あの幻を見たとき、レイナはいなかったもんね。
リナと一戦を交えたときに幻を見たことを伝えた。
リナと戦ったことを知ると、レイナは寂しげに目を閉じた。
本当は言いたくなかったんだけどね。
ちょっとした恥ずかしさにまた髪を掻き上げてしまう。
「でもあれって本当だったの?」
幻で見た光景は私の知らない場所でのこと。
だからずっと知りたかった。
「そうね。私が捕まっていたのは本当よ。それで彼が看守だったの。今思えば、彼が看守でよかったわ。彼じゃなかったら、きっと話すことはなかっただろうから」
昔を懐かしむように、レイナは頬を緩め、ちょっと安堵した。
ずっとヒヤマを見て緊張しているようだったから。
「でも、もし彼が本当にレイナの知っているヒヤマって人なら、かなりの年数が経っているわよね。それって」
「……きっと彼はテンペストに襲われてしまったんでしょうね。私の知るヒヤマは、もう少し若かったから。きっと私が会った数年後、テンペストに遭ったんだと思う。そのときは目も見えていたから。その後に傷を負ったんでしょう」
「でも、そうなったら、記憶はなくなってるはず…… 彼はレイナのことを覚えてる感じだったけど」
「記憶を戻す何かがあったのかもね。もしかすれば」
「じゃぁ、ヒヤマって人は、レイナと別れた後テンペストに……」
「そうなるでしょうね」
頷くレイナ。
「結局、私があのとき、戦争を止めようとしていたことは、無駄だったってことなのかな?」
ヒヤマが巡ってきたであろうことを想像すると、空しさからか、祭壇を見上げてしまう。
戦争が終わることなく、今もテンペストに襲われる人が続いている。
アイナの死は……。
悔しさが込み上げていたとき、そっとレイナは腰に手を添えてきた。
顔を伏せてしまいそうななか、レイナが目を細める。
「あなた、さっき言ったでしょ。自分を責めすぎだって。それはあなたも一緒。アイナが責任を負う必要はないのよ」
「ほんと私たち姉妹、不思議な境遇って言いたいわね。それに」
「それにーー?」
「今の時代に影響を与えているっていうのは、私の方だからね」
目を細めていても、表情を曇らせていくレイナに、忘れていた不安がじわりと胸を締めつけていく。
「今の時代にまで続けられている生け贄ね、恐らくその最初になったのは、私なのよ」
そう言うなって。
確かに置き去りな感じは強いけど。




