第五部 第三章 3 ーー 憂う気持ち ーー
二百八十八話目。
動けないにしても、何か情報は欲しいわね。
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確証なんてない。
ううん。むしろ、自意識過剰だと罵られても仕方がない。
やっぱり幻で見たヒヤマよりも、眼前のヒヤマの方が少し歳を取っていたとしても、同一人物に見える。
だからつい疑ってしまい、レイナの顔を見てしまう。
するとレイナは真剣な眼差しでヒヤマを眺めている。
やっぱ、気づいているんでしょうね。
でも、話せるわけないわよね、そんなこと。
「ごめんなさい。立ち入ったことを聞いてしまって」
ここは素直に引き下がっておくべきでしょうね。
「いや、私も勝手に話を進めてすまなかったね。昔話を聞いていても退屈だってことを忘れていたよ、悪かったね。ただ君たちのように、祭壇のそばに人がいるとわかると、つい話しかけてしまっていたよ。申し訳ない」
苦笑するヒヤマは、やはり全身から寂しさが漂っている気がしてしまう。
「何か事情でもあるんですか?」
ヒヤマが醸し出す寂しさに、レイナが口を開いた。
「いえ。ただ祭りのことをどう思っているのかが気になってね。君たちのように犠牲となった人を憂いて、祭りに疑念を持ってくれる人ばかりじゃないんだ」
「でしょうね」
「悲しいことにね。なかには、生け贄にされた者を侮辱する人もいる。そうした人らに、祭り、いやいけがどれだけ無意味であるかを話して回ろうと思って、数日前にここに来たんだ。だから、君らに会えてよかった」
それまで声に霧がかかったみたいに弱かったヒヤマの声は、どこか覇気をまとったみたいに強く聞こえた。でもーー
「でも、それって辛くないですか?」
疑問を出すと、ヒヤマはキョトンとしていた。
「悲しいですが、祭りには生け贄を捧げる風習が大半です。なかには踊りを捧げるだけ、という地もあるらしいけど、それも稀。厳しい言い方ですが、生け贄に疑念を抱くこと自体が異端。ましてそれに異を説いて回るとなれば、風当たりも冷たくなりそうなんですが」
冷淡とした疑問が静かに響いた。
「そうでしょうね。でもそれも致し方ないでしょう。でも実際、祭りを行ってもテンペストが完全に治まったわけではない。自己満足だと唱えるつもりです。非を受けるのは覚悟の上でね。それは昔、友人を助けることができなかった私の責任。辛くても受け入れるべきだと考えています」
ヒヤマは自分の胸にそっと手を当て、今の境遇を受け入れるように唇を強く閉じた。
「強いんですね」
「いえ。世界のためにと自らを捧げた彼女らに比べれば私は。これは独りよがりにすぎないかもしれませんがね」
「立派だと思います」
あくまで謙遜するヒヤマに嘆願の声がもれてしまう。
本当にこんなことを考えている人がいることが私も嬉しかった。
「私も聞いたことがあります。世界で最初に生け贄となった子は、自分だけが犠牲になることで、世界の苦痛が消えてくれれば、と誇りを持って命を捧げていたと。きっとあなたは間違ってないと思います。その人も今のところ状況に嘆いていると思いますから」
気のせいか、レイナは一歩踏み込んでいるように見え、それまで思い詰めたように曇っていたけれど、頬を緩めてヒヤマに声をかける。
「だから、あなたも自分を決して責めないで下さい」
「そうか。そう言ってもらえると、少し自信が持てます。ありがとう」
確かにね。
僕らには何もわからないからな。




