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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第三章  1  ーー  佇むもの  ーー

 二百八十六話目。

   ……我慢。

    って、ことなのね。

           第五部


           第三章



            1



 小さくて静かな町。

 町に入った印象であり、素朴に見えた。

 最近、レイナの様子がおかしい。

 どこか虚ろで、見えない何かに脅えているような。

 オドオドとしていた。

 きっと以前に祭りで建てられた祭壇を見てからだったと感じてしまう。


 そこまで脅える必要なんてない。


 そう訴えたいのだけれど、上手く伝えられない。

 体だけでも休んでもらえれば、と立ち寄った町であったのだけど、町は静まっていた。


「何か様子が変ね」

「うん。ちょっと暗すぎるわよね……」


 町は閑静であり、落ち着いた雰囲気が漂っていて、心地よい場所に思えたのだけれど、お世辞にも繁栄した町とは言えなかった。

 きっと静けさが取り柄と言える田舎に近かった。

 家は木造の質素な建物が並んでいる。

 それでも、どこか懐かしさや親近感を抱き悪くはなかった。

 ただ、建物と違い、擦れ違う住民は平穏に接しているのだけれど、どうも無理をしているようにも感じてしまう。


 何か笑顔の仮面を被っているように。


 とりあえず、飲食店か宿屋を探すことね。できることなら早くレイナを休ませたい。

 歩きながらふと横を見ると、レイナの表情はやはり浮かない。

 気のせいか青ざめているようにも感じる。


「レイナ、顔色悪いけど、本当に大丈夫?」

「気にしないで。最近は野宿も続いていたからでしょうね。アネモネ、あなたは大丈夫?」


 屈託なく笑うレイナ。

 私の心配が杞憂だったらいいんだけど。

 やっぱり宿屋を探すのが先決ね。

 無理をしているのは明白だな、と気持ちを新たにしていると、レイナは不意に足を止め、私をじっと見据えてくる。

 それまでになく、真剣な眼差しは私を捉えるほどに強まり、瞳孔が開いていく。

 脅えている? と瞬きをしてみるけれど、どうも私に気づいていない。


 何か違うものでも……?


 レイナの瞳孔が気になり、視線の先を追って体を反転させると、不意にレイナが地面を蹴り、急に走り出した。


「ーーレイナ?」


 私を押し退けるように駆け出した先は、先ほどレイナが見詰めていた場所。

 よほど気がかりなものを捉えたのか。

 すでにレイナはかなり先を走っていた。

 疲れていたんじゃないの。意外と速いのね。

 慌てて後を追った。




 やっぱり静かよね。

 レイナを追っていると、数人の住民と擦れ違っても、やはり私らに注目しているように見えない。

 仮にも町の中心を走ってるのよ。それなりに目立つはずなのに。

 そこまで無視するのは気になるわね。

 無関心さが逆に違和感に苛まれ、頬を歪ませていると、通りの先にレイナを見つけた。


 あの先って確か広場だったわよね。


「レイナッ」


 何をやっているの、と続けようとしたとき、息が詰まってしまう。


「……これって、祭壇?」


 意識とは違う言葉がこぼれる。


 足が次第に重くなっていき、レイナの隣に立つと、唇を噛んでしまった。

 すっぽりと開いた広場に閑散と立ち尽くす祭壇を見つけて。


「ここにこれがあるってことは、それなりのことがあったってことなのかな……」

「でしょうね」


 きっと生け贄も……。


 わかってはいるけれど、胸が詰まってしまう。

 ただ、そこに建てられていた祭壇は、それまでに見た祭壇とはどこか違っていた。

 これまではそれなりに、年季のこもった古びた祭壇が多かったのだけれど、この祭壇は建てられてさほど時間が経っていなさそうだ。


 祭壇は言葉はなくても、どこか泣いているように感じてしまう。


 じっと祭壇を眺めていると、おもむろにレイナは祭壇に歩み寄り、祭壇の梁に手をそっと添えた。


「そういえば、この町の近くにめくれていた地面、あったわよね」

「あぁ、あったわね。南の方でしょ」


 弱々しく呟くレイナに何度か頷いた。


 少し前のこと。

 ここに辿り着く前に、地面が丸くえぐられていた場所があった。

 恐らく人の被害はないだろうけれど、えぐられた地面の砂が風に流れていた。

 きっとテンペストが起きた場所なんでしょう。


「そのせいで、人の様子がおかしかったってこと?」

「可能性はあるわね」


 同情するべきかしらね。

 腰に手を当て、辺りを見渡した。

 それにしても、どうも誰もが関心が薄く見えてしまう。

 いえ、そうではなく、むしろ避けているのかな。

 誰もが祭壇のそばに近づこうとしていない。


「最悪の場合、祭りを行った後にテンペストが近くを襲ったってことかな」

 

 梁を触りながらこぼすレイナに、唸りそうになる。


「それだけは勘弁してほしいわね、やっぱり」


 受け流すことができず、髪を撫でてごまかしておいた。

 それにはレイナも苦笑して頷いていた。


「それだけはないって願いたいわね」

「レイナ、あなたも気にしすぎよ。そりゃ、犠牲になった人はいるかもしれないけれど、すべてを背負うことはないでしょ」

「わかってはいるんだけどね。どうしても胸がざわめいてしまうのよ。“彼女”も何か訴えているみたいでね」

 

 と胸に手を当てるレイナは唇をじっと噛んでしまう。

 きっとエリカのことを指しているんでしょうけれど、改まられると、また違和感に襲われる。

 姿がエリカだというのに、自分を別の人物として指す姿に。

 おかしいのは私も一緒か。私も偉そうなこと言えないもんね。

 アイナの意思を貫こうとしているのに、こんなことを言うんだから。


「行こう。悩むだけ辛いだろうから」

「そうね」


 と、その場を二人して反転させたとき、一歩踏み出そうとした足が止まってしまう。

 広場に歩み寄って来た一人の人物に目を奪われて。


 ……あの人って……。

 今回より、三章目の始まりとなります。

 応援よろしくお願いします。


 ……にしても、リナ、それって諦め? それとも悟りでも開いたか?

 それにしては怖いぞ。

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