第五部 第二章 11 ーー 泣き出す空 ーー
二百八十四話目。
私らって、動いちゃいけないのかな?
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なぜ争いは起きようとしているのだ?
憤慨からの問いは、街にうごめく遺恨が握り潰していく。
私の問いを嘲笑うように空気は淀み、住民の怒号と兵の制止する声が混じり合って飛んでいた。
まりで濁った言葉が空を汚すように、重い雲が立ちこめていく。
「なぜ我々は戦わないんだっ」
「こんなところでベクルが滅ぶわけにはいかないんだっ」
街の騒ぎはアカギの生還によって治まったはずだった。
それなのにまた街では暴動が起きようとしている。
アカギらに続き、屋敷を飛び出したはいいが、眼前に広がる光景に愕然となる。
奮起した住民らがそれぞれ農具や木の棒といった武器とも呼べない粗雑な物を手に取り、集団となって入り口へと駆け込んでいた。
標的は外の兵。
恐らくイシヅチが率いる反乱軍。
それらの兵に鬼気迫る形相で、立ち向かおうとしていた。
その間で、こちらの兵らが壁となり住民らを必死に制止していた。
アカギの指示通り、武力によって制止はしておらず安堵するが、勢いは増すばかりである。
「奴らが帝をやったんだっ。許すわけにいくかっ」
「ツルギ様の仇をっ」
なぜそうなる。なぜ歪んでいく。
「止めろっ。止めるんだっ」
怒りが込み上げるのはわかる。だが、なぜそれを鎮めようとしないのだ。
怨念をぶつけるだけが解決策ではないんだぞっ。
住民の肩を掴み制止するが、すぐさま撥ねのけられ、狂気は止められない。
住民らの気迫にこちらが萎縮してしまう。
このままでは本当に壊れてしまーー
絶望、苦痛に苛まれそうななか、頬に冷たい感触が触れる。
一瞬、体が硬直した後、不意に空を見上げてしまう。
私の視線に気づいたように、頬に冷たい感触が強まる。
……雨?
おもむろに手の平をかざしてしまった。
辺りのざわめきは無縁だと言いたげに手の平を濡らしていく。
気のせいかと思う微かな雫は次第に強まり、頬や手の平だけでなく、足元の石畳を濡らしていくほど強まっていく。
このまま強まりそうだな……。
体の熱を奪う雨は、少なからず冷静さを取り戻させ、視線をゆっくりと下ろした。
狂気によって叫んでいた住民らの動きを鈍らす。
雨が体の動きを奪うようにして。
これは転機なのか。
このまま鎮まってくれれば。
一人、二人と動きを止め、泣き始めた空に意識を傾かせる者が増えていく。
住民の咆哮が微かにだが弱まっていく。
そうだ、このまま手を引いてーー
「ーーテンペストだ……」
ーーっ。
誰がこぼしたのか定かではない。
それでも突き通る声が雨の音を掻い潜り、鼓膜に届いていく。
空耳であってほしいと願う間もなく、住民らは手を止め、各々に視線を彷徨わせた後、一斉に空を見上げていく。
雨はまた強まり声を掻き消していく。
「……街が壊れる」
「テンペストが……」
恐怖に脅えた矛先が次第に移っていく様が伝わってくる。
……違う。
よく見ろ、これはテンペストのような禍々しいさはない。
ただの雨雲なはずだ。
それなのに……。
喉の奥で言葉が詰まって打ちひしがれる。
「そんな、街は潰される」
「だって、でもベクルはテンペストに襲われたことは」
それまで高ぶっていた住民らは雨に打たれるほどに手にしていた武器を次々と地面に落としていく。
雨粒が鋭い凶器となり、急激に戦意が剥がされていく。
だが安心できない。
戦意を奪われた住民らに黒い影が覆い被さり、急激に表情が青ざめていく。
怨念に満ちていた敵意は、胸をむさぼる恐怖に浸食されていく。
空を睨んだ。
雲は今にも落ちそうで、雨も強まっている。
だが、雨が降り始めてどれぐらいだ。
わかっているのに、疑ってしまう。
テンペストはそんなに悠長な奴だったか……。
違う、大丈夫だ。
これはテンペストじゃない。ただの雨のはずだ。
雨であってほしい。
「違う。これはテンペストじゃないっ」
叫んでしまった。
ここで動揺が広がれば、二次被害も起こりかねない。
早く落ち着かせなければ。
「大丈夫だ。これはただの雨だ。街が襲われることはないっ」
叫べっ。
少しでも広げて落ち着かせなければ。
なのに……。
焦りだけが強まるだけで、住民らの叫び声が止むことはない。
なぜ止まらない。鎮まらないんだ。
人が恐怖を抱いたところを狙う。
すでに街の崩壊は始まっている。
脳裏にイシヅチの憎らしい嘲笑が浮かび上がってくる。
焦りが強まるばかりで消えてくれない。
恐怖がすでに人々に竦んでいるのか。
テンペストが人々を壊していくというのか。
本当にこのまま……。
イシヅチ、お前はそれを願っているのか。
アカギの威厳も届かなくなった後、お前はベクルを壊そうと……。
ふざけるな……。
焦りはわかるよ。
なんか、僕も嫌な気がするから。




