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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第二章  10  ーー  一冊のノート  (2)  ーー

 二百八十三話目。

   なんか、動けないの辛いわね。


 こいつも資料室で見つけたのか。


「これにテンペストは人の心境によって起きているって記事があるのさ。それに、そうした場所は何も自然に起きただけでなく、人の蛮行によって大多数の被害が起きたところが巻き込まれているんだ。有名なのはナルス。昔のナルディアだね。君らだって知ってるだろ。あそこは遠い昔、武器を製造、密輸していた不穏な話があることを」


 話されたことは、痛いほど身に染みてしまう。

 私自身が目を通していた日記とも酷似していて。

 やはり同じ物なのか……。


「こいつは愚かな人間だけでなく、戦争によって廃墟となった町も襲ったと書かれている。そこは人の恐怖がより渦巻いている場所も含まれていると書かれてあるのさ」

「人が恐怖を抱いたところを狙う…… だからベクルもいずれテンペストが襲うと」


 まだ完全には信じられず、声を濁らすアカギ。


「信じる信じないは自由さ。でも僕はこれが面白くてね。事実と重ねていくと、人の愚かさとテンペストがーー」

「なぜ、それをあなたが持っているのですっ」


 さらに動揺を与えようとしているのか、ページをめくって中身を見せるイシヅチに、突如叫んだのはワシュウであった。

 これまで広間にいたのか、と疑いたくなるほど沈黙を貫いていたワシュウが、手をテーブルに着き身を乗り出していた。

 目を剥く姿はかなりの動揺が見られる。

 いや、イシヅチに対して怒りをぶつけるほどの剣幕であった。

 なぜそれほど必死になるのか、と逆に怪訝になってしまう。


「なんだい? やけに必死じゃないか。そんなにこれを持っていてはいけない物なのかい」

「……それは……」

「じゃ、別にいいじゃん」


 一瞬、ワシュウが感情的になったのだけれど、イシヅチに指摘されるとすぐに腰を下ろした。

 それからは気まずそうに顔を背けてしまう。

 これまで冷淡に思えたワシュウの豹変は、どうしても気がかりになってしまう。

 ワシュウの動揺は少なからず、場の空気を乱していた。

 それまでイシヅチの拘束を狙っていたアカギらも硬直し、次にどうするべきか悩んでいた。

 静寂が訪れそうなとき、微かながらざわめきが鼓膜を刺激した。


「……外の声か?」

「アカギ隊長っ」


 小さなざわめきは窓の外からで、体をそちらに向けようとすると、広間に一人の兵が駆け込んで来た。


「落ち着け。何があった?」


 息を荒げる兵を宥めるアカギ。

 皮肉なのか、焦った兵のおかげで冷静さを取り戻していた。


「それがまた住民らに騒ぎが」

「まさか、お前何かをっ」


 事情を聞いたアオバがすぐさまイシヅチに体を向け、声を荒げた。

 だが、それでもイシヅチは揚々と首を擦っていた。


「君らの部隊と一緒で、僕の部隊もナメてほしくないね。命令を無視して勝手に動くようなバカな連中はいないさ。騒ぎと兵とは関係ないよ」

「お前たちは関係ないと言いたいのか?」

「そうだよ。まぁ、間接的に関わっていたとしても、住民らは抱いているんじゃないの」


 そこで立ち上がるイシヅチ。

 それまでのこちらの緊張を嘲笑うように、悠然と腕を伸ばして背伸びをすると、手にしたノートを懐に戻した。


「じゃぁ、楽しませてもらうよ。恐怖によって動き出したこの街を」

「どこへ行くっ」


 行動を注視して威嚇するが、広間の入り口へと進む。


「帰るだけだよ、僕は。もうすでに街の崩壊は始まってる。さらに君らが苦しんで悩むのを楽しませてもらうよ。あ、それと僕に何かすれば、住民にさらなる恐怖を降り注ぐことになる。それでもいい?」

「それって、テンペストを引き起こす引き金になると言いたいのか?」


 含みを加えた言い方に睨むと、あからさまな挑発で両手を大きく広げるイシヅチ。


 だからこそ言い返せない。


 手を出さないのを逆手に、イシヅチはわざとらしく頭を下げ、広間を後にした。


 私らはそれを見送ることしかない。

 騒ぎを伝えに来た兵だけが戸惑いを隠せず、イシヅチの後ろ姿を目で見送っていた。

          



 悔しいが為す術もなく、イシヅチを見送り、誰もが消沈している。


「それで今度は何が原因で騒ぎが起きたんだ」


 口を開いたのはアカギ。困惑する兵に聞くと、兵は息を整える。

そうだ。まずは騒ぎを鎮めるのが先決である。


「また帝やツルギの死に対しての抗議なのか?」


 それならば、アカギが鎮めてくれたはず。と疑念を抱きつつも問うと、兵はうつむいてかぶりを振る。


「いえ。それが住民らの矛先は街の外にそびえる不穏な部隊にです」

「なんだ、それは」

「先ほどの攻撃に感化されたのか、住民らがあの部隊に迫ろうと騒ぎを起こしているのですっ。今、警備に当たる兵らが制し、鎮圧しようとしているのですが、いつ奴らの部隊も動くかわからず、混乱が広がってます」

「なぜそうなのだ。ダメだ。絶対に住民らに危害を加えてはいかん」

「それは重々注意していますが、暴徒と化しそうでこちらも限界が」


 声を荒げるアカギに、兵は苦言を呈す。


「俺も行く。今は兵をすべて出し、住民を止めるんだ。ここで暴動が熾烈になれば、それこそイシヅチの思惑通りに。いいな、絶対に手を出すんじゃないぞっ」

 まぁ、僕らには何が起きているのかわからないからね。

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