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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第二章  9  ーー  一冊のノート  ーー

 二百八十二話目。

   ここまで私らも放ってられると、暴れたくなるわね。

            9



 その場にいた者みな、刃を喉元に突きつけられたみたいに言葉を失ってしまう。

 動揺で弱る私らに最後の鉄槌を落とされたみたいに、自慢げにイシヅチは腕を組み直した。


「なぜ、そんなことを断言できるのだ?」


 ただの虚勢だと信じながらも聞いてしまう。

 それでも、すぐに崩れそうな弱い声で。


「テンペストは突発的なもの。確証たるものはーー」

「ーーあるさ」


 イシヅチを完全否定したく強く責めるが、より高い口調で掻き消されてしまう。


「なぜ、そんなことを言えるのだ?」

「テンペストは選んでいる気がするんだよね。ある感情を」

「ーー感情だと?」

「そ。それが恐怖。きっと人が恐怖を抱けば抱くほどに、テンペストは好んで街を襲うよ」


 怪訝に頬が緩んでしまう。

 なぜそこまで自信に満ちた断言ができるのだ?


「そんなの脅しでもしたいのか」


 冷静に否定するアカギに、呆れるイシヅチ。


「絶対にそうなんだよ。実際に街の近くにテンペストは起きたんだろ。あれは住民の恐怖が呼び込んだ災いでしかないんだよ。それに対しては、前例もあるからね」

「……前例? 変なことを言うな。テンペストと人の恐怖とをなぜ引き合わせるのだ?」


 疑問をぶつけるアカギの横で、私は口元を手で覆い、考えてしまう。


 人の恐怖がテンペストを…… 引き寄せる。


 なんだ…… 頭の隅に埋まるしこりが訴えている。

 だけどそれがなんなのかはっきりと見えない。


「なんだったら、襲われた町を挙げていこうか」

「ふざけるなっ。そんな冗談に付き合ってられない。遊びで来たのなら、お前を拘束する。街を襲うと言うが、俺の部隊をナメるな。お前の脅しに屈するほど脆弱ではない。街に危害が及ぶ前に全滅させてみせる」


 それまで落ち着いて現状を捉えていたアカギは、これまでになく強く放った。

 なかば恫喝に近い強い口調で。


「おぅ、怖いね。でもそういう事実が記されているんだよ」


 記されている……。


 アカギが席を立とうと、テーブルに手を着くと、イシヅチは不適に口角を上げ、おもむろに懐に手を忍ばせた。

 武器を取り出すのか、とアオバも身を屈めると、


「ーーまさか」


 咄嗟的に声が出てしまう。

 頭の隅にあったしこりが晴れそうになったとき、しこりと同等の物がイシヅチの右手に握られていた。

 イシヅチが手にしていたのは、古ぼけた一冊の小さなノート。

 茶色く色褪せたノートは所々が破れており、かなりの年季が入っていた。

 それと同等の物を私は知っている。

 胸がざわついた。

 資料室で見つけたノートと同様であった。


「これは誰かの日記だと思うよ。それもかなり昔のね。これには書いてあるのさ。いくつかの場所にテンペストが起きたことがね」

 

 嬉しそうにノートを揺らすイシヅチ。

 やはり私が見つけた日記と同等の物らしい。

 やめておけって。

   それどころじゃないみたいなんだから。

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