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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第二章  8  ーー  一方的な交渉  ーー

 二百八十一話目。

    誰かが嫌なことをしそうね。

            8



 長い間“蒼”の部隊から身を退けていたことが裏目に出てしまったと、後悔しかない。

 完全にナメていたのかもしれない。

 以前、ツルギが襲われたときも、ツルギの負傷、手負いであったからこその不覚だと信じたかった。

 イシヅチの印象は容姿からしても、大人に対して対等に扱われたいと背伸びをした、子供染みた考えに動かされる思考の持ち主であると。


 だが違った。


 私らを睨む姿には狡猾さが滲み出ており、一人の策略者としての威厳を漂わせていた。

 体を覆う空気が歪んで黒く見える。

 隊を退き、個人の情報に疎くなってしまっていた自分が完全に見誤っていた。

 現に彼と接していたアカギらは一切動じることなく、イシヅチと睨み合っていた。


「では、なんの警告だと言いたいのだ?」


 イシヅチに向かい合って座っていたアカギが口を開くと、イシヅチは椅子に凭れる。


「ベクルなんて簡単に滅ぼせるよ、って言えば納得するかい」

「貴様っ」


 挑発めいた喋り方に、アオバが鞘に手をやるが、すぐさまアカギが手を出して制した。


「ま、冗談はさておき、あれは僕をこの席に着かせてもらうための手段、と思ってくれたらいいよ。まぁ、すぐに潰せるのは本当だけどね」

「では、あなたは交渉がしたくてあのようなことをしたと?」

「そうだよ。一応僕は裏切り者だしね。簡単に話をしてくれるとは思わなかったから。あんた、初めて見る顔だけど、話が通じるね。あんたと話そうかな」


 これまで黙っていたワシュウの指摘に、嬉しそうにイシヅチは頷く。


「何が交渉だ。わかっているか、ここではお前一人。そんなものーー」


 余裕を見せるイシヅチをアオバは責め、剣に手を当てると、おもむろにイシヅチは手の平を見せ制する。


「それは得策じゃないね。僕が陽が落ちるまでに外の部隊に戻らなければ、街を襲え、と命令してある。君が感情的に動くことで犠牲になる命は計り知れない。それでもいいの?」

「あのような数、我々を甘くーー」

「戦いようはいくらでもある。数がものを言う価値観は無能な奴の言い訳にすぎないよ」

「ーーっ」


 一歩も引かないアオバに対し、攻撃的にイシヅチは挑発で反論すると、アオバは怒りに震えながらも剣から手を放した。


「まるでローズみたいなやり方だな」

「うん。ローズのやり方は好きだよ。誰に対しても容赦ないのは。だから勉強にもなるし、こうして理想を掲げる青臭い人にも役立つからね」


 アカギの皮肉もイシヅチには通用せず、嘲笑してかわされてしまった。


「じゃぁ、それを嘲笑うためにここに来たのか? 交渉と言って」

「それとも宣戦布告でもしに来たのか?」

 どうも場を乱そうとする態度に苛立ち、どうしてもアカギとともに強くなってしまう。

 それでもふざけるようにわざと首を傾げた。

 どうも正面から話をしても、対応してくれそうになかった。

 ただこちらをおちょくることだけが目的なのか。

 だが、はぐらかせるにしても、聞くべきことは突くしかなく、拳を強く握った。


「なら一つ聞く。なぜ、一気にベクルを堕とさなかった? なぜあのとき、ツルギの命を奪った後、すぐに掌握しなかった」


 苛立ちが再び胸の奥から湧き上がり、必死に堪えて最大の疑念をぶつけた。

 すると、それまでふざけていたイシヅチは再び椅子に深く凭れ、こちらを睨んだ。

 目つきに狡猾さを灯して。


「最初はそのつもりだったよ。でも面白くないから止めた」

「止めた?」

「うん。あのとき、ツルギに継ぐ実力者であるアカギ隊もいなかった。そんな脆弱な組織を掌握したって面白くないからね」

「ナメられたものだな。だが手負いのツルギを狙った奴に言われても、説得力はないと思うが」


 手の平に爪がめり込んでいく。本当に気持ちを掻き乱していく。


「ふ~ん。まぁ、そうとも言えるね。ま、どれだけ僕を皮肉っても堪えないよ。でも本音を言えば、その必要はないと理解した、って感じかな」

「必要ない? どういうことだ?」


 何か引っかかる言い方が気がかりになり、眉をひそめてしまう。


「いずれこのベクルは自滅すると感じたから、それを待つのも悪くないと考えたのさ」


 公然と話し、両手を広げて笑った。


「ふざけるなっ。ベクルが滅びる? なんでそんなことが言えるんだっ」


 イシヅチの話を聞いていたアオバは我慢できなくなり、急に怒鳴ってしまう。


「滅びるさ。知ってるよ、つい最近まで帝とツルギが死んだことで暴動が起き始めていただろ。それがいずれ街を滅ぼすと言っているのさ。いくらアカギに戦闘力があったとしても、莫大に膨れ上がる恐怖は抑えることはできない」

「恐怖だって?」

「誇りを持っていいよ、アカギ。お前はベクルを掌握するのに一番の障壁であることに間違いはないし、僕もいずれそのつもりでいた。

 そうだね、ツルギを殺してすぐに掌握しなかったのは、お前の存在もあったからさ。あそこで掌握しても、反抗心が逆にお前の助力になる恐れもあったからさ。だから待つことにしたんだよ」


 アオバの指摘に臆することもなく、ゆったりと饒舌に話を進めるイシヅチ。

 それは筋が通っているのか、それでも納得できず、口元を押さえてしまう。

 視線を移すと、難題に悩む私を楽しみ、目を細めるイシヅチ。

 憎らしいにもほどがある。

 すると、得意げにイシヅチは右手の人差し指を立て、


「一つ忠告してあげるよ。この街はいずれテンペストに襲われるよ」

「……テンペストだってっ」


 予想外の発言に、眉をひそめてしまう。


「そんなことを冗談でも言うな。それには人々は敏感なんだぞ」


 ふざけた発言に口調も強くなる。

 声を張って責めても、イシヅチは平然とし、


「冗談じゃない。必ずテンペストは起きるさ」

 嫌なことって、何か聞こえたのか?

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