第三章 4 ーー 向かうべき場所 ーー
二十八話目。
シャワーがあるのはやっぱり、いいよねっ。
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店主の計らいには本当に感謝したい。
やっぱり、夜にシャワーを浴びられるのは本当に嬉しかった。
体の汚れだけでなく、気持ちまで晴れてくれる。
それに、ふかふかのベッドで眠れたのも快適で、文句の言いようがない。
昨日、店主らの忠告に背くようなことを言ってしまったので、気まずくなっていたのだけれど、それは杞憂に終わってくれた。
疲れも取れ、旅の準備をしようとしていた朝、宿屋の者に呼び出されて、アネモネと一階のロビーに降りた。
まだ髪もちゃんと整えていないので、あまり人に会いたくないんだけど。
「よう、姉ちゃんたち、おはようっ」
睡魔がまだ頭の隅にいるので、豪快な声が響いてしまう。
「あれ、オジサンッ?」
首を伸ばしたアネモネが声を弾ませる。
ロビーに現れたのは、酒屋の店主であった。揚々と手を上げている。
「何かあったんですか?」
昨日のことを心配したのだけれど、店主の頬は綻んでいて、その心配はなさそうだ。
「昨日、姉ちゃんたち、忘街傷を探してるって言ってただろ。まぁ、俺はあんまりお勧めできないけど、この人に聞けば、何かわかるかなって思ってさ」
と、店主はロビーにあったソファーに振り返った。
そこには一人の男が座っており、店主の声に立ち上がり、こちらに歩み寄って来た。
「この人はアカマって人でね、各地を回ってる商人なんだ。もしかすれば、忘街傷のことも何か知ってるかもって思ってね」
店主に背中を押されて紹介された、アカマという商人。
顔は細く、ヘチマみたいだ。
少し伸びた黒い髪を後ろで束ねている。目が垂れ気味だからか、気が弱そうに見えた。
それとも眠いの?
どうも、と気さくに頭を下げられ、釣られて頭を下げた。
「君たち、忘街傷を探しているみたいだね」
顔に似合った温厚な声に頷いた。
「僕もそんなに詳しいってわけじゃないんだけどね、一カ所だけ、聞いたことがあるんだ」
予想外の反応に、身を乗り出してしまう。
「僕が知っているのは、ここから遠いけども、デネブの町の近くにあるらしいんだ。僕もデネブには行ったことはあっても、忘街傷は見てないんだけどね。話に聞いたことはあるよ」
「……デネブ」
思わず頬が緩んでしまう。
嬉しさが滲み出そうになってしまい、腰の辺りで手をギュッと握った。
「リナッ」
どうする? と言いたげのアネモネの眼差し。メガネ越しにも目が大きく輝いている。
迷うことはない。
向かうに決まっている。
「あ、でも気をつけた方がいいんだ」
期待通りが雰囲気に出てしまっていたのか、アカマが両手の手の平を見せて制する。
「店長にも聞いたんだろ。最近、変な集団が出没してるってこと。あっちのにはそれが特に多いらしくてね。気をつけた方がいいよ」
腕を組み、深刻な顔で忠告するアカマ。
心配してもらえ、こちらも真剣な面持ちで頷く。でも、
「ありがと。でも、多少の危険は承知の上で、この旅を始めようって決めたから、覚悟の上よ」
「大丈夫、大丈夫。それに危険になっても、リナが助けてくれるし。ね、オジサンも昨日、見たでしょ」
と、ふざけながらアネモネは私の右手を掴み、無理矢理ガッツポーズを作ると、揺らしてみせた。
私の力を強調したいのだろうけど、店主は苦笑している。
正直、アネモネを殴りたいけれど、我慢した。
「心配してくれてありがと。あと、情報もくれて。すごい助かります」
でも、ここはアネモネに合わしておき、素直によって頭を下げた。
「しかし、そこまでして探している物ってのは、それほど大切な物なのかい?」
どうしても忘街傷に固執する私たちに、心配した店主が首を傾げ不思議がる。
「まぁ、大切な物なのは、大切な物だね」
「なんだい、それ?」
アネモネが不敵に口角を上げた。
「“記憶”だよ」
まぁ、ゆっくりとしたいけどね。




