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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第二章  6  ーー  イシヅチの企み  ーー

 二百七十九話目。

    正直、私らって暇だね。

            6



 どういうことなのだ、これはっ。


 驚愕という言葉しか、今の状況を説明する言葉を持ち合わせていなかった。

 一人の兵が告げた敵襲は、ベクルの目の前に迫っていた。

 報告を受けて向かったのは屋敷の屋上。街の一望できる場所から現実を見渡した。


「あれだけの数、今のベクルを堕とすとなれば少ない気もするが」

「ですね。だけど、住民を攻撃されれば、かなりの被害となります」


 様子を伺っていたアカギが苦虫をかみつぶしたように唸る。


「これだけの数。相手がイシヅチだと仮定すりと、こちらの戦力も把握しているはず。これはただの挑発でしかないのか」


 街の敷地から数十メートル離れた位置に、三つに分かれた黒い集団があった。

 兵の集まり。

 街と向かい合う形に構えた集団が整列し、街と対峙していた。

 兵らは、今にも命令を待ち、陽炎として大地をうねらせている。

 それでも腕を組んで静観するアカギの疑念に頷けた。

 一個小隊にしては数は多いが、街を堕とすだけの数にしては少ない。

 小さな町では簡単であっても、“蒼”のいるベクルに対しては確かに見下していると捉えるのが自然であった。


「確かにこの数で何を企んでいるんだ? これだけでは」


 不快さが喉を乾燥させていく。

 奴らの本意が掴めないからこそ、下手に兵を動かすわけにはいかない。


「兵はすでに街の数ヵ所に配置しています。それと住民の避難も随時開始しています」

「えぇ。だがやはりこちらから手を出すのは得策と言えないですね。ここは慎重に」


 アカギの手腕には脱帽させられる。すでにそこまで行っているとは。

 迫る時間が限られ、より緊張が高まる。

 アカギの表情はより険しくなり、目尻が吊り上がっていた。


「俺は下に行きます。下手な挑発にこちらの兵が動いてしまっては、元も子もない。制止するためにも」

「えぇ。お願いしまーー」

「待ってください、隊長っ」


 足早に現場に向かおうと体を反転させるアカギを制止したのは、アオバ。

 眉をひそめるアカギに、アオバは眉間にシワを寄せながら、遠くの黒い集団を指差した。

 黙っていたアオバを怪訝に思いながら、自然を追う。

「あれって、イシヅチ…… 隊長ですか?」


 疑念にまみれたアオバの声がより息を詰まらせる。

 三つに並ぶ黒い塊の真ん中の集団から、一人が街に向かいゆっくりと歩を進めていた。

 目を凝らしてその影を凝視する。

 人物は小さくはっきりと確認はできないが、こちらに我々がいることを予見してか、見上げているように見えた。

 息を呑み、右手を強く握ってしまう。

 遠くであっても、あの揚々とした態度、忘れるはずもない。

 きっとイシヅチに間違いないと確信してしまう。


 イシヅチ……。


 微かであっても、心がざわついてしまうのは、それだけ奴に対して憎しみを忘れられていないということか。

 気のせいか、イシヅチが笑ったと感じたときである。

 イシヅチは不意に右腕を振り上げた。


 何を企んで……ーー


「ダメだっ、止めろっ」


 不可解な動きに目を凝らしていると、横でアカギが急に叫び、前屈みにイシヅチを凝視した。

 事態が掴めないでいたとき、三つに分かれていた集団がうごめいた気がした。


 風に草が揺れるような自然の動きでない、整然と息の合った奇妙な動きになっている。


「ふざけるなっ。本気でそんなことーー」


 刹那、イシヅチの腕が振り下ろされる。

 まるで号令みたいに。


 号令……?


 意図を把握した瞬間、背筋に寒気が走る。

 目を剥くと、黒い集団にキラキラと光るものがあった。

 雨なんて降っていない。


 東の空にあったテンペストが噓みたいな晴天の下、縦の筋が昇っていく。

 筋はすぐさま動きが逆さまになり、雨のごとく大地に降り注いでくる。


 矢が放たれた。

 それは僕らの出番がないからで、暇じゃないんだよ、きっと。

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