第五部 第二章 4 ーー ワシュウの態度 ーー
二百七十七話目。
私らに、落ち着く日ってあるのかな。
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「このようなときになんですが、もう一つ不安要素が」
三人が塞ぎ込んでいると、ワシュウが口を開く。
「ここ最近、ローズの行方がわからないのです」
ローズか。
そうか。彼女も大人しくしている者ではなかったな。最悪、イシヅチとこの騒ぎを画策していたとすれば、より厄介なものになる。
「奴は元々イシヅチと馬が合っていたからな。それに奴ももとから争いを起こすことを助長する傾向があったしな」
「警戒を怠らないようにしなければな」
「イシヅチとローズ。できることなら、この二人が結びつくことは避けなければいけませんからね」
「彼女については私が捜してみることにします」
「何か心当たりでも?」
やけに熱心にローズの行方を気にするワシュウ。
本来ならばその熱意を受け入れるところなのだけど、彼の不穏さが重なってしまい、つい指摘してしまう。
ワシュウは何事もなくかぶりを振る。
「いえ。私の力は微々たるもの。屋敷の警護に当たったとしても、お役に立てるかはわかりませんので。ですから、身のこなしの軽さで情報を集めておいた方がよろしいかと思い」
何かを企んでいるのか?
やけに落ち着きを払うワシュウ。
危機感がどうも私とアカギと違う気がしてしまうのは、杞憂でしかないのか。
「わかりました。ではそちらはワシュウ殿にお任せします」
でもこちらも余裕がない。
また新たな火種を作るわけにもいかず、疑念は胸の奥に隠し、平静を装って任せておいた。
ここは任せておくしかない。
動揺を見せまいと頬に力を入れていると、ワシュウは頬を緩め、笑顔を浮かべた。
ここは信じておこう。
「ではアカギ殿、この屋敷の警護についてですがーー」
これから本題に入るべき、と本腰を入れたときである。
外の廊下で慌ただしい足音が響いて間もなく、一人の兵が血相を変え、広間に入ってきた。
「何かあったのか?」
膝に手を着き、肩で息をする兵はしばらくして顔を上げ、
「東の空にテンペストらしき黒い影がっ」
「ーーっ」
頬を赤くして声を張る兵は脅えており、彼の声は一気に広間の重力を強くさせた。
私たちの表情も強張り、アカギと顔を見合わせてしまった。
目は泳ぎ、さすがに動揺は隠せずにいた。
「住民の様子はどうですか?」
動揺に体が硬直していたとき、ワシュウが兵に聞いた。
思いのほか平然として落ち着いた口調で。
「少なからず動揺する者もいるようですが、今はまだ騒ぎになっておりません」
「そうですか」
ワシュウは兵の説明に頷くと、おもむろに席を立ち、窓へと進んで外の様子を伺った。
みなが釣られて窓の外を眺めた。
……確かにあれは……。
東の空に見える黒い雲。
テンペストと疑わしい空に、奥歯を噛んでしまう。
まったく、なんでこうも問題が次から次へ降り注いでくるのだ。これでは。
「まるで今を狙っている感じだな」
悔しさが出てしまう。
どうも街を標的にされているみたいで。
追い詰められると、悔しさから逆に笑ってしまいそうで、隠すために額に手を当てた。
「……あの辺り、何かあったか?」
「いえ。あの辺りは草原でしかなかったはずです。地表に変動は起きかねませんが、人に対しての危害はないかと」
隣で様子を伺っていたアカギが眉をひそめる。
アオバが疑問に答えると、アカギは小さく頷く。
「ーー大丈夫でしょう。あの様子では、こちらに動くことはないでしょうから」
「ーー?」
「ですが、もしものために警戒を怠らないようにしましょう。住民はすぐに避難できるよう注意喚起をし、テンペストの動きに注意しておきましょう。ですが、警戒するのも充分に注意を払ってください」
「ーーは、はいっ」
………。
言葉が出なかった。
呆然と眺めているだけで、なんの指示も出せなかった。
間違ったことをワシュウは言っていない。
だが、やけに的確すぎることが逆に不快に見えてしまう。
少なくとも私やアカギ、アオバの体には動揺が支配し、動きを鈍らせていた。
次の行動に移るまでに間が生まれていたなか、ワシュウはすぐに指示を出した。
動揺は土地柄もある。
テンペストは脅威でありながらも、自然災害に近いものがある。
そんななか、ベクルはテンペストの被害を被ることが低かった。
だからこそ、街は繁栄した部分もある。
裏を返せば、どこかで「大丈夫だ」「襲われない」と慢心があったのかもしれない。
私やアカギらが多少の動揺を見せてしまったのも、そうした背面がきっとある。
そうしたなか、ワシュウは悠然とした態度が引っかかり、素直になることができなかった。
なぜ、そこまで平然としていられるのだ?
間違ったことをしていない。
それなのに……。
どうだろ。
それを望んでいるのかもしれないんだけどね。




