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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第二章  3  ーー  イシヅチの思惑  ーー

 二百七十六話目。

   私らって、もしかして“蒼”になっちゃったの?

            3



 人を見る目。

 自分にはそうしたことに長けている、と恥ずかしながら自負していた。

 裏を返せば、自分には人を動かすだけの技量はないことを曝け出しているのだけれど。

 それでも自分の無力さのせいで、誰かに不安を積もらせるよりもいいと考えていた。

 なかでも、人を導く力に長けているのはツルギだと自信を持って言えた。

 それはある意味、帝さえも凌駕する、と。

 だからこそ、自分の未熟さにいち早く気づいていたのだろう。

 その二人を失い、人々に渦巻く恐怖を払拭するのは、アカギ殿以外ない、と考えていたが……。

 目を疑ったのは、アカギ殿が高弁を述べたあとだ。

 それまで恐怖に支配され、暴徒と化しそうたしていた住民らが腕を掲げるアカギに呼応し、高々と腕を上げ、歓声を挙げた。

 アカギの一言は一斉に住民らの視線を上げ、前を向かせることができた。

 剣を使い、力で住民らを掌握するのではなく、自分たちの意思でベクルを立ち上げたのだ。

 隊長たる者が頭を垂れ、驚愕してしまったが、杞憂でしかなかったらしい。

 やはりアカギ殿には人を導くだけの素質があったのだ。

 そして、自分の目も狂っていなかった。

 例え自分の未熟さを突きつけられたとしても、安堵に包まれた。

 歓声に沸く住民らに胸が熱くなっていた。




 これで心配事の一つが解決したと胸を撫で下ろしたとき、屋敷に入ったアカギの表情が一気に険しくなる。

 それまで住民らに見せていた、誇り高いはきはきとした表情が嘘みたいに目尻を吊り上げている。

 何か引っかかっているのか、浮かない顔は広間に入るまで続いた。


「お疲れ様でした」

「ワシュウ殿?」


 広間に入ると、円卓のそばに立っていた、一人の男が頭を下げた。


「ここがこのように慌ただしいなか、不在にしてしまい申し訳ありませんでした」


 すぐさま自分の非を認めるワシュウであったけれど、どうもこの人物を私は信用することはなかった。

 歳としてはアカギ殿に近い二十代だろうか。細く色白が目立つ大人しい人物。

 口調も丁寧で、礼儀を重んじる方であるけれど、目に影を落としている印象があった。

 感情をあまり表に出さない、温厚な人物そうなのだが、彼の後ろには何か、大きな渦が見え隠れするような、不思議なものを漂わせており、他の兵と逸していた。

 悪い人物ではないのはわかる。だからこそ、変に警戒心を拭うことができなかったのだろう。


「いえ。私も資料室にこもることばかりしていたので、気にしないでください」


 自分を責めるワシュウを制し、円卓の席へと着いた。

 本来、この広間は隊長格の人物が集う場であった。

 その中心にはツルギや時折来られた帝が着いていたけれど、当然ながら空席となり、今は私とワシュウ、アカギの三人。

 そしてアカギの副長であるアオバが彼の後ろに立っているだけで閑散としていた。

 もとから癖の強い隊長格ばかり。

 これまで何度も利用されていた場でも、すべての席が埋まることはなかったにしろ、ここまで人数が減っていると寂しさすら感じていた。

 今の状況を考えると、そんな余裕すらなく、空気は重たかった。


「アカギ殿、何やら浮かない様子ですが、どうかしましたか?」


 息をするのも苦しくなるなか、アカギの様子を不穏に思ったワシュウをが指摘する。

 それに答えることなくアカギは顎に手を当て、何か悩んでいた。

 代わりにアオバが怪訝にワシュウを睨んでいた。

 黙り込むアカギに首を傾げていると、不意にアカギは顔を上げ、


「どうも俺は気に食わないのです」


 顔を上げたアカギは眉間にシワを寄せながら、


「なぜ奴ら、イシヅチは街を掌握しなかったのか、と」

「引っかかるものがあると?」

「もちろん、イシヅチには腹立たしいものですが、攻め方が気に入らない。帝にツルギ様を狙うという卑劣さは許せない。だが、ベクルを掌握したいのならば、二人を狙った直後を狙うはず。それが常套手段のはずです。それなのにしなかった。だが、街に入ったとき、さほど衝撃を受けた様子はなく、住民に危害もなかった。変な言い方ではありますが、どうも納得がいかないのです。イシヅチとて、それだけの人物のはずなのですが」

「確かにこの数日。奴らからの襲撃はなかった」


 それは私も引っかかっていたことである。

 言い訳ではあるが、住民らの暴動を抑えることに気を注いでいたために、正直なところ、衝撃がないことに安堵していたこともある。


「ですね。もしかすれば、奴らは我々が力を整えるのをあえて待っているようにも取れますね」


 同調するように、ワシュウも唸り、腕を組んでうつむいた。

 確かにアカギ殿が戻れば、こちらに反撃の力を整えることができる。

 何かに別のことでも企んでいるのか。

 これで立て直せると安堵していたのだが、また新たに疑念が生まれてしまう。

 それはない。

   確かにそんな気もしないわけもないけど……。

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