第五部 第二章 2 ーー アカギの叫び ーー
二百七十五話目。
私らの出番がないと、不安しかないんだけど。
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急激に安堵に包まれた。
ありがとう。リナ。
リナに預けた書状が上手く伝わってくれたことに、強く頷かずにはいられなかった。
私の安堵とは裏腹に、近づくアカギの表情は浮かなく青ざめていた。
門のそばで馬から降りたアカギ。
その表情はやはり曇り、こちらに何かを訴えているみたいに見えた。
浮かない理由は大概想像がつく。
だが、ここで騒ぐのははばかれた。
「アカギ様、これはどういうことなのですかっ」
住民の一人が我慢できずに叫んだ。
それでもアカギは動じず、門を隔て私の前に立った。
黙ったまま唇を閉じ、何か言葉を発することに躊躇しているのは伝わってくる。
それでも私を捉える眼差しには、強い意志が灯っていた。
何かを訴えている。
ここで引くわけにもいかず、しばらく対面した後、
「ヒダカ殿、その腕は……」
「いや。私のことは気にしなくていい。それよりも」
咄嗟に左肩に手を当て、ギュッと力を入れてしまう。
心配はさせたくない。
ここは気丈に振る舞わなければ。
「では書状の内容はやはり……」
平静を装い苦笑していると、アカギは一度頷き確認する。
私も頬に力が入り、唇を強く噛んでしまう。
「本当に帝とツルギ様はお亡くなりになったのかっ」
二人して口にするのを恐れていた事実を住民の一人が強く聞いてきた。
すると、堪えていた不安が再びもれ出したのか、住民らにざわめきが戻り、途切れぬ疑念が飛び交い出した。
言葉の矢が飛ぶ。
肌を刺す言葉に胸を締めつけられていると、不意にアカギは振り返り、住民らに正面を向けた。
いつしかアカギを中心に半円を描くように人の輪ができていた。
それまで門に押しつけていた住民らが後ろに下がっている。
住民らに向かい合うことで再び静寂が訪れ、馬の鼻息が強く響いた。
馬が暴れないよう、手綱を握っていたアカギが住民らを眺めていると、
「みんなの不安もごもっともだ。だがその不安を少し治めてはくれないだろうかっ」
息を吸った瞬間、アカギは住民らに口を開いた。
何を急に……。
「ではやはり帝はっ」
「本当なのですかっ。嘘だと言ってくださいっ」
刹那、住民らの怒号が再び口火を切り、疑念がアカギへと降り注いでいく。
そこでアカギは右手を天に伸ばして制した。
一斉に静寂が広がる。
ダメだ。今、認めれば……。
「今、街で広がる不穏な噂、それはすべて事実だっ」
…………っ。
額を手で押さえてしまう。
これでは恐怖が蔓延し、本当に暴徒と化しかねない。
アカギの告白はざわめきで終わらず、悲鳴が混じっていく。
早まりすぎだ、アカギ殿っ。
「みんな、申し訳なかったっ」
アカギ殿っ。
騒ぎをどう鎮めるか悩んでいると、目を疑ってしまう。
唐突にアカギはその場で頭を下げていた。
「隊長っ、またあなたは。頭を上げてくださいっ」
目を疑う姿にアオバが声を裏返させ、アカギを注意しアカギに駆け寄るが、手の平を見せて制した。
アオバの動揺は計り知れない。
本当にそうだ。
私は今、幻を見てしまっているのか?
“蒼”の隊長たる者、誇りは高く、自身を孤高と捉えているものではないのか?
なぜそんなに簡単に頭を下げてしまうのだ?
「……じゃぁ、本当に……」
アカギが事実を認めると、一気に場の空気が重くなり、なかには泣き出し、しゃがみ込む者も現れていた。
「ベクルにとって誇り高き、至高な二人を亡くしてしまった。それはこの街を不在にしていた俺にも責任がある。申し訳ないっ」
なぜ、そこまで素直になれるのだ…… わからない。
「では、先日の爆発はお二人に関わっているのですか?」
包み隠さない直球がぶつけられ、アカギは顔を上げた。
また一度住民らを見渡し、
「みんなの怒りや不安もごもっともだ。だが、その苦しみを今しばらくは抑えてくれないだろうか」
「それって悲しむなってことですかっ」
「それだけじゃないっ。お二人を殺した人物を許せっていうのですかっ」
それまで感情を抑えていた住民らが、アカギの言葉に一斉に責めだした。
アカギの発言は動揺を強まらせた。
「そうではない。悲しみを忘れてくれ、とも、怒りを捨ててくれとは俺も言わない。そうすることは、帝、ツルギ様を冒涜していることだと重々承知している。そんなことは絶対にダメであり、してはいけないことだっ」
「でしたらっ」
アカギの熱弁に住民らも口を噤んだ。
「ただ、二人の命を奪った賊の真意がまだ掴めていない。奴らが我々の街に何をするかわかっていないっ」
「……そんな」
「だからだっ。だからこそ、ここで我々が動揺して街全体が混乱してしまってはいかないのだ。それが奴らの目的なのかもしれない。隙を見せてしまえば、そこを突かれる可能性もある。ここで弱味を見せてはいけないのだっ」
アカギが何を考えているのか疑念が強まっていく。アカギの話を聞いていた住民らが指導者二人の死を目の当たりにし、自分たちの立場を突き詰められたせいだろうか。
それまで禍々しい形相で睨んでいたけれど、アカギの話を聞いて次第に曇っていく。
みながうつむき、それまでの覇気が恐怖に浸食されていく。
崩れる。やはり街を立て直すのは……。
「ベクルは負けてないっ」
誰もが膝を着こうとしたとき、アカギは拳をまた突き上げた。
「みんなに見せてほしいんだ。この街はそんなに弱くない、と。今こそ、賊が街を崩す隙がないことを証明させたいんだっ。悔しいのは俺もそうだ。だから立ってくれっ。お二人を救えなかった俺にそんなことを言える立場ではない。だが、力を貸してくれ。ここで帝とツルギ様の命を無駄にしないためにも俺に力をっ。約束するっ。この先、絶対に賊なんかに街を壊させはしないっ。ベクルは滅ぶことはないんだっ」
アカギの叫喚は、沈み込んでいた人々に轟いた。
僕らの動きは上手くいってる。って信じておこう。




