第五部 第二章 1 ーー 無垢な怒号 ーー
二百七十四話目。
はい。新しい章が始まるってことね。
はいはい……。
第五部
第二章
1
「どうなっているんだっ」
「何があったんだっ」
「あの爆発はなんだったんだっ」
「答えてくれっ」
まっすぐで無垢な疑問は、怨念のこもった言葉よりも鋭さを増し、対処するのに手を焼かずにはいられない。
手を出してはいけない、と自制するからこそ、理性は空回りして頭が混乱してしまう。
「ヒダカ様、あなたは屋敷のなかへ。ここは我々が抑えておきますので」
「答えてくれ。いるんだろ、隊長の一人ぐらいっ」
「どういうことなんだっ。ツルギ様が死んだって本当なのかっ」
ーーっ。
「そうだっ。ツルギ様だけじゃないっ。帝も亡くなられたとは本当なのかっ」
……そこまでも。
疑念や不満、不安は怒号となり、宙を飛び交っていた。
回避できない現実に頭を抱えたくなってしまう。
もうここまで洩れているのか……。
なかば怒号が飛び交っていたのはベクルの屋敷前。
建物の敷居を隔てた鉄の門を挟み、兵と住民がひしめき合い、騒ぎとなっていた。
騒ぎの根源は帝とツルギの死。
兵の間では箝口令が引かれていたはずなのだが、いつしか洩れ、住民らに不安が広がっていた。
最初は一滴の水であっても、次第には大きな濁流となってしまう。
真意を求めた住民らが屋敷に押しかけ、兵らとつばぜり合いが続いていた。
住民らは真意を求めるなか、もどかしさから次第に気持ちが歪み、暴徒へと変貌しようとしていた。
門を破壊すらしかねない狂気を漂わせており、兵が迫っていた。
誰が二人の死を広げたのか?
疑問、いや怒りを意識に傾ける余裕など兵らには一切ない状況に陥っていた。
住民の勢いは鉄の門すらも押し倒してしまいそうである。
圧倒され、引き留めるのに精一杯であった。
早く住民らを鎮めなければ、兵らの限界も近い。
「頼む。落ち着いてくれ。そのことについてはーー」
それ以上は喉が痛くなってしまう。
このままでは兵らの心境も危うく、いつ剣を抜き、住民に刃を向けかねない。
それだけは絶対にあってはいけない。そうなれば、“蒼”いやベクルが終わってしまう。
そのためにはーー
「どうなんだっ。誰が隊長は答えろっ」
真実を伝えるべきなのか?
住民の怒号は私を惑わせていく。
「ヒダカ様、あなたも早く屋敷へ。このままではあなたに危害が及びかねません。それだけは絶対にダメなのですっ。だから早くっ」
門を体全体で押さえ込んでいたとき、隣で同じく門を制止していた一人の兵が私を庇ってくれていた。
まだ若い兵は額に汗を掻き、鬼気迫った表情で。
そんな兵に心配される自分が情けなくなる。
確かに片腕の私では足手まといでしかないのだから。
「だが、このままでは……」
引き下がることに躊躇してしまう。
立場的に私がここを抑える責任があることも痛感している。
だがまだ迷ってしまう。
恐れているのだ。
ここで二人の死を伝えたところで、住民の熱を鎮められるか自信がない。
軽はずみな言動は逆に住民を掻き乱してしまう恐れもある。
そうなれば、私はどうすれば……。やはり自信がなく、留まっていた。
「ーーわかった。わかったから、みんな落ち着いてくれ。頼む話をーー」
まだ迷いはあっても、ひとまず声をかけたときである。
門を隔てた住民らの雰囲気が少し変わった気がした。
それまでこちらに敵意すらぶつけていたのだが、その殺意が宙に舞った気がした。
みなが行き場のない不安に視線を彷徨わせている。
それまでの怒号がゆっくりと鎮まり、静寂が空気に混じりだしていく。
静けさが辺りに広がっていき、私にも戸惑いが強まっていると、
「アカギ様?」
群衆のなか、誰かが声を張った。
一瞬ざわめきが起きたときである。
どこかからか馬の蹄が地面を打つ音が聞こえる。
それまでこちらに向いていた住民らが次第に後ろに振り返ったときである。
振り返った者らがゆっくりと左右に広がり出し、門の前に一筋の道が開けた。
突然の行動に何が起きたのか、混乱しそうになったときである。
開けた道の先に、馬に乗った兵が数名こちらに近づいていた。
どうしてだろうか。
その瞬間、体の奥が軽くなったことに、やはり自身の不甲斐なさに陥ってしまった。
それでも自然と安堵がもらてしまう。
「アカギ殿」
なんだよ、その反応。
でもまぁ、今回より二章目に入ります。
僕らの出番はしばらくなさそうですが、よろしくお願いします。




