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忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


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 第五部  第一章  3  ーー  住民との距離  ーー

 二百七十二話目。

    結局、私らは肩身が狭いのよね。

            3



 視線はそれまで以上に冷たく肌を突き刺していた。

 店を飛び出し、街を彷徨っていたときである。

 店での騒ぎがすでに広がってしまったのか、街を歩いている人すべてが憎らしく見えてしまう。

 それまでは、テンペストに脅えながらも、まっすぐ生きているんだと思っていた。


 でも違った。

 

 ……私たちは間違っていないと思うよ。私たちは。


 一方的に非難しすぎたか、と後悔に苛まれる前に店主から放たれた反論。

 悪びれる態度をまったく見せず。

 真剣な態度を崩さない店主を前にすると、笑わずにはいられず、形として逃げるように店を出ていた。

 みんながそんな考えなんだ。

 店での口論からか、街の人がすべて同じ思想でしかないんだ、と穿った捉え方になった。

 だからこそ、変に壁が生じてしまい、誰もが僕らのことを憎しみの標的にされたみたいに受け取ってしまう。

 

「……まったく。なんで私らがあんた爪弾きに遭わなければいけないのよっ」


 少し前をドタバタと大股で歩くリナ。

 沸々と湯気が沸いていそうなほど、怒りを抑えられずにいた。

 下手に手を出せば、火傷では済まなそうなのだけど、放置しておけば、それこそ住民に手を出しかねない。


「まぁ、街には街なりのあり方があるんだろ」


 気持ちとは裏腹に、宥めようとしてしまう。

 通りを抜けたところで制すると、不意にリナは足を止めた。

 しまったな。また地雷を踏んでしまったか。

 そのまま詰め寄られ、拳が飛んでくると身を構え、奥歯を噛んで目を閉じてしまう。

 頭、頬、それとも鼻? 

 と覚悟をしていたけれど、しばらくリナの拳が僕の体にめり込むことはなかった。

 あれ? と戸惑いながら目を開くと、リナは振り返っただけで、こちらに歩み寄ってはいなかった。

 数歩先でリナは呆れた様子で僕をじっと見据えていた。

 しばらくするとうなだれ、メガネのツルに手を当てる。


「よく言えたものね。なんで私があのバカな連中に手を出さなかったかわかる?」


 リナは腰に手を当てて仰け反ると、唇を尖らせた。


 それだけ大人になったんじゃないのか?


 と言えば手だけじゃなく、足蹴にされそうな雰囲気に躊躇してしまい、顎に手を当ててしまう。

 どう答えるのが正解なのか悩ましい……。

 返事に躊躇していると、周りに響くほどに溜め息をこぼすリナ。


「あのね。それはあんたの顔を見て止めたのよ。気づいてなかった? 言葉では優しく言っていたつもりでしょうけど、表情は鬼みたいに険しかったのよ」

「まさか……」


 全然自覚はない。


「まったく……。ここで暴れたら、収拾がつかなくなるかなって思って手を引いたのに、当の本人がそんな態度取られたら、なんか腹立つわね」


 と、苛立ちをごまかすように手を叩いた。

 どうも気に食わないようだ。


「やっぱりあんたってわかんないわ」

「ーー?」

「だって、あのときの表情や気迫を見てしまうと、ツルギ様やアカギと一戦交えて対等になっていたのも頷けるのよ。だから私は手を引いたの」

「なるほどね、ってか、だから僕はそんなに強くないよ。ただ逃げているだけ」


 どうも、みんな僕を買い被りすぎだよ。

 その話には触れたくなくて、頷きながら歩を進めた。

 このままではまた嫌なことを突かれそうで。


「あんたさ、過度の謙遜はただの嫌味になるわよ」


 擦れ違い際、嫌味に聞こえる声がどうも痛かった。

 ふと足が止まり、上を見上げてしまう。


「ほんとにもう。あんたを見てると、ムカついていたことが紛れてしまうじゃん」

「じゃぁいいじゃん。忘れられるんだし」

「だから忘れたんじゃないわよ。紛れただけでっ」


 どうも額を掻いてしまう。

 後ろではきっと執拗にメガネのツルを触っているんだろうけど、気迫が肌に触れてしまい、振り向かなかった。


「まったく。あんたの脳天気さのせいでまた腹立ったじゃない」

「ま、それだけそれぞれの事情があるってことだろ」

「だから、そんな事情で済ませたくないのよ。あんただってムカついたんでしょうが」


 苦笑しかできない。

 いつしかリナの怒りの矛先が僕に向けられた。

 どうも逃れられないらしい。


「もう慣れたよ。腹立つのはそうだけどさ。こういうのは前にもあったから」

「あったの? こんなことが」


 微かに昔のことが頭をよぎると、リナは驚き、メガネ越しに目を丸くする。

 一度頷き、また見上げた。

 そこには古びた祭壇が建っている。

 以前見たときには風格みたいなものも漂っていたけれど、今となっては、やはり憎しみも多少抱いてしまう。


「その町でもさ、祭りをするべきか住民が議論していたんだ。それも生け贄は当然、といった様子で。生け贄にされる人の気持ちは無視してね」

「ふん。それじゃ、どこの町も考えは一緒ってことよね」

「ムカつくだろ」

「あんたが言うなっ」


 おどけると、リナは腕を組んでまた大きく溜め息をこぼした。

 さすがに苛立ちも鎮まったかな、と苦笑した。


「なんだったら、これ壊すか?」


 と、そびえる祭壇を小さく指差した。

 唐突な提案にリナは唖然とし、聞き間違いかと目をしょぼしょぼさせていた。


「本気で言ってるの?」


 驚きからか、リナの声は震えそうになっていた。


「本気だよ。それに言っただろ。前に議論していた町があるって。そのとき、腹が立ったからそこの祭壇を壊してやったんだ」

「嘘でしょ。ちょっと意外すぎるわよ」


 いや、だから別に僕だってキレることはあるんだけど。

 僕の告白にリナは驚愕し、少し後ずさりした。

 だからか、つい調子に乗ってしまい、得意げに胸を張ってしまった。

 まぁ、今となっては名案でなかったと痛感してるけど…… ね。

 僕にだって、恥ずかしくなる過去もあるさ。

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