表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却のテンペスト  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

271/352

 第五部  第一章  2  ーー  輪を乱す  ーー

 二百七十一話目。

   私は間違ってなんかないはずよっ。

            2



「なんか文句あるっ」


 リナは唐突に席を立つと、臆することなく周りの客に対して啖呵を切った。

 すると、怒鳴られた客らは一斉に顔を伏せ、酒に手をつけ、リナに触れずに無視をしていた。

 気づいていた。

 それまで、客の誰もが僕らを意識して見ていたのは。


「今さら無視? わかってるんだからねっ。あんたらがずっと私らの話を盗み聞きしていたのっ。それにあんたっ」


 刹那、リナは斜め前に座っていた男を指差し、


「聞こえてんだからね、私らがテンペストって言うたびに、小声で「うるさい」って呟いていたのを。文句があるなら、面と向かって言いなさいよっ。私は全部相手になってやるわよ」


 男を指していた手を全体に回し、店にいた客らすべてに対し、敵意を放つ。

 最初に標的にされた男は驚きから肩をすぼめたけれど、なかにはリナの啖呵が癇に障ったのか、睨みつける者、テーブルを叩く者、怒りから椅子を倒して立つ者もいた。

 それらを黙らすように、「あぁっ」とリナは唸った。

 誰もがテンペストの恐怖をごまかすように僕らを睨んでいた。


「文句があるなら言えって言っんのっ、臆病者っ」


 そこに油を差すようにリナは叫喚し、窓が振動するほどに強くテーブルを叩きつけた。

 コーヒーカップが揺れ、メガネが動くほどに。

 一歩も引かず、目を吊り上げているリナに、頭を抱えてしまう。


 ケンカを売ってどうするんだよ……。


 支えた頭はそのまま転げそうで、溜め息も出てしまいそうだ。

 なんで、こう勝手なんだか。この無鉄砲さはエリカにも引けを取りそうにない。


 ムカつくけど、そこまで怒るなって……。


 このままでは本当に店を壊しかねない。

 リナが手を出せば、怪我人で済むわけがないな。特に今のリナなら。


「リナ、ちょっとは落ちーー」

「ーー出て行ってくれ」


 リナの手を引き、座らせようとすりと、冷淡な声が店に響いた。

 一瞬ざわめきが広がったあと、一斉に静寂に包まれた。

 聞こえた声を辿ると、憎らしく眉をひそめたリナの奥を捉えた。

 カウンターの奥に立ち、白い皿を拭いていた店主を。

 確か以前はそんなに険しい声でなかった、と疑う隙もないまま、店主は仰々しく睨んできた。

 敵意すら漂う様子に戸惑い、リナを伺うが、リナは相変わらず睨み返していた。

 まったくこいつは……。


「悪いが出て行ってくれないか」

「何それ? それが客に対する態度?」


 聞き間違いか、と首を傾げると、店主は気にせず皿を拭いている。

 どうも本気で言っていたらしく、リナが噛みつく。

 すると店主は手を止め、改めて睨んでくる。

 温厚であったけれど、見間違いであったか、と疑いたくなるほど、禍々しく。

 気づけば、店にいた客も含め、全員がこちらを睨んでいた。

 それでも引き下がらないリナ。

 負けじと睨み返す。

 まったく。

 こういう状況からは逃れられないのか、僕は……。


「何か悪いことでも言ったっていうの?」

「テンペストがどうとかって言っていただろっ」

「そうよ。私らの目的はテンペストよっ。恐れてるあんたらに何かを言われる筋合いはないわよっ」

「だから出て行けって言ってるんだっ」


 今にも飛び出しそうなリナに対し、より口調を強めた店主が制止してきた。

 それにはリナも一度口を噤んだ。


「確かに私たちはテンペストを恐れている。いや、テンペストに諦めているというのが正しいかもしれん…… だが、それがこの街のあり方なんだよ」

「だから?」

「輪を乱さないでくれ、と言っているんだ。僕にしてみれば、この街の人々に恐怖を植えつけているように見えてしまうんだ。だから出て行ってほしいんだよ。君らはどうもテンペストを誘発するんじゃないか、と疑いたくなる。静かにしてくれ、と言っているんだ」

「何よそれ。そんな確証なんてないでしょ」

「でも、この街ではテンペスト自体が禁句に近いんだから、少しは察してほしいものだ」

「だからって、なんで私たちがそこまでーー」

「止めよう、リナ。もういいから」


 我慢できなくなっていた。


 明らかに憤慨するリナの腕を掴み、首を振った。

 リナは抵抗して振り払おうとするけれど、それをギュッと掴んで放さなかった。

 ここだけは引き下がれない。


「あんたまで私が間違っているって言いたいのっ」


 怒りの矛先は僕に向けられ、一気に捲し立てるリナ。それこそ拳が降り注ぎそうだ。


「今は、落ち着いーー」

「……やっぱり生け贄を使って、祭りをしなきゃいけないのか?」


 ……そうか。


 奥の席にいた客がポツリと呟いた。

 どれだけか細い声であっても、僕には鋭利な刃物でしかなかった。


 ……そういう考えなのか……。


 リナを掴んでいた手に力がこもる。

 リナの目つきが揺らいだ。


「……リナ、やっぱり間違っているみたいだ……」


 唇を一度舐め、


「やっぱり間違っている。あんたらは間違っているだよ、絶対っ」


 店主らを睨んでつい叫喚してしまった。

 ……我慢できそうにない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ