第五部 第一章 1 ーー 矛盾 ーー
二百七十話目。
さてと、第五部は私らの出番、ちゃんとあるのかな。
第五部
第一章
1
ローズの言葉を信じろ?
正直、そんなこと信じたくなんかない。全否定してやる。
それなのに、拒むほどに頭の隅にはローズの顔が霞み、意識を苛立たせていた。
飲食店で頼んだコーヒーもすでに冷めている。
ローズと別れ、話を整理したいと入った飲食店。
リナと向かい合ってはいるものの、すでに三十分は無言のまま時間だけが刻まれていく。
リナもメガネをテーブルに置くと、執拗に銀の前髪を触り、手を弄んでいる。
それでも唇を強く噛み、眉間に深いシワを掘る仕草から、かなり苛立っているのは伝わってくる。
さすがに僕もリナの機嫌を鎮める余裕もなく、冷めたコーヒーを眺めるしかできない。
肌に貼りつく空気がより痛い。
「……アンクルス……」
大きく溜め息をこぼそうとしたとき、リナの弱々しくも鋭い声が、僕の顔を上げさせた。
それまでメガネを眺めていたリナは、こちらを眺めている。
目元は赤く腫れており、今にも泣き出しそうに危うい眼差しとぶつかる。
「アンクルスはテンペストのなか?」
リナに鋭さが戻った。理不尽な話に対する怒りを、僕にぶつけるみたいに。
「じゃぁ、私たちもテンペストに飛び込めってことなの? これまでアネモネとどれだけ探していたっていうのに」
「それだけじゃないさ。何年も人が生き続けている…… そんなの信じられるか?」
それまで黙っていた反動だったのか、ついこちらも文句をこぼしてしまう。
「それはただのローズの強がりでしょっ。そんなのあり得るはずがないじゃない」
真っ向からローズを否定し、より顔を渋るリナ。
そうだな、とコーヒーカップに手を伸ばし、一口飲んだ。
すでに冷めていて、そのまま一気に飲み干そうとすると、つい手が止まる。
テーブルにカップを置くと、リナを見てしまう。
「でも、あいつはどうなるんだよ。ハクガン。確かあいつもそんなことを言っていたはずだよ」
そうだ。記憶のどこかで埋もれていたことが沸いて、つい言ってしまう。
「……ハクガン…… あいつか。そうか、あいつも……」
そう。ハクガンもローズと似たことを言っていた。
「確か奴もアイナと同じ時期に生きていたって」
「だったら、奴もローズと一緒で、信じなきゃいけないってことなの……」
苛立ちから腕を組み、渋い表情を崩さないリナ。
「でも、だからって、なんで私らの目的を否定されなきゃいけないの。私は信じたくはないわよ」
「アンクルスか……」
行き着く場所はそこに辿り着き、また悩まされてしまう。
お手上げ、と椅子に大きく凭れてしまう。
「……でも、それって危険なんじゃないのか? それだとテンペストを求めることになるんだからさ」
一度息を吐いてから、静かにこぼした。
獣みたいに鋭い顔で睨まれると覚悟していると、眼前にはキョトンとしたリナとぶつかってしまう。
リナは唖然として目をパチパチさせる。
「あんたがそんなことを言える? あんたもテンペストを求めていたんでしょ」
呆れたリナの指摘にハッとしてしまい、つい頭を掻いてしまった。
「ま、それはそうなんだけどさ……」
苦笑しかできなかった。
まったく。矛盾しているな、これじゃ。でも……。
「でも僕らはそれは間接的だったしな。テンペストの先にセリンがいると思って。でもローズの話が本当だったら話は変わってくるよ。テンペスト自体を求めるのは、それだけ危険がより強まってしまうんだから」
「……わかってるわよ。それに……」
完全に納得せずに、不意にリナは辺りを見渡している。
釣られて辺りを見渡すと、店内はいくつかの席が埋まっているけれど、どこか席に着く客の表情は浮かない。
もちろん、このナルスはテンペストに対しての独特な感性を持っているのは理解している。
けれど、何か違和感が拭えない。
以前はそれでも活気が満ちていたのだけれど、それがない。
みんな酒を交わしていても、どこか現状に嘆いて酒に酔っているような、そんな重い空気が人々を支配していた。
「ここでテンペストは控えておいた方がいいかもしれないし」
嘆くように呟くリナに、一瞬ではあるけれど周りの客が反応していた。
視線を戻すと、リナは黙って頷いた。
「ほんと、腹が立つわね。なんでこんなにテンペストに恐れなければいけないのよっ」
刹那、リナは上を見上げると唐突に叫び、周りにいた客らを睨みつけた。
そう願っておこうよ。
今回はなんか違う気もちょっとするしさ。
では、第五部も始まりました。応援よろしくお願いします。




