第三章 3 ーー 忘街傷 ーー
二十七話目。
やっぱ、テンペストって怖がられているんだね。
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「“忘街傷”って言われてもなぁ。この辺じゃ、あまりないんじゃないかなぁ」
「じゃぁ、“テンペスト”に襲われた町とかは知らない?」
テンペストと聞いて、店主の表情は曇り、手を止めた。
やはり、みんな気にかかることなんだ。
「それも、この辺りにはないねぇ。まぁ、テンペストに襲われていないのは救いかもしれないけれどね。姉ちゃんたち、テンペストに襲われた町に行こうとしているのかい? 気をつけた方がいいよ、それは」
「やっぱりねぇ……」
「最近、テンペストに乗じた悪い噂を聞いたことがあるからね」
「悪い噂? オジサン、それ何?」
表情を曇らせる店主の声に、明るい声が被さる。アネモネである。
アネモネは体を伸ばし、カウンターに前のめりになる。
まったく。
あんたは警戒心がない。あんたは誰にでも懐く子犬か。
「どうもね、テンペストを真似て、町を襲う集団がいるって噂なんだよ」
「町を襲う集団?」
「そう。どうやら、何か理由があっての行動らしいんだけど、それが横暴だって話でね。誰にでも容赦ないみたいだ。この前も、確かリキルの町が襲われたって聞いたよ。それはもう、かなり酷かったらしいし。町を潰すほどにね。君ら二人とも美人だし、気をつけた方がいいよ。容赦ない連中だ。女の子に対して何をするか、わかったもんじゃないからね」
「ーーえっ? 私らって美人?」
ただの社交辞令でしょ、と、おどけるアネモネの肩を叩いて嗜め、
「その集団が町を襲う理由って知ってますか?」
一つ間を置いてゆっくり聞くと、店主は頷き、
「どうも、何か盗賊を追っているようなんだよね。そいつらはある豪族から宝を盗んだらしいんだ。それで必死になって捜しているらしい。たまったもんじゃないよ、盗賊のために町が壊滅に追いやられるなんてね」
「……盗賊ねぇ」
盗賊と聞いて、私もアネモネも顔を伏せて黙ってしまう。
「ーーん? どうしたんだい。二人とも急に黙ってしまって」
急に黙った私らを気にして、店主が首を傾げる。
すると、アネモネはゆっくりと顔を上げ、
「多分、その盗賊って私らだよ。ね、リナ」
また、このバカ妹は何を急に言い出すのか。
突拍子のないことを言い出したアネモネに、店主はキョトンとしている。
あ~ぁ。どうせ、すぐに頬が強張るんでしょ。
「ハハハハハハッ。姉ちゃんらが盗賊? それはないだろ。冗談にしても無理、無理」
店主は店内に響くほどの豪快な笑い声を響かせた。
「でしょぉ~」
それに乗じて、アネモネはおどける。
もぉ、ふざけるのもいい加減にしてほしい。
「でも、忘街傷を探してるのは本当だよ、オジサン」
豪快に笑っていた店主が呆然として、瞬きをする。
「本当かい?」
「うん、まぁね」
疑いから目を見開く店主に、私が静かに頷く。
忘街傷。
字のごとく、忘れられた街の傷。
そこには街があっただろうけど、その街がどんな名前であったのか、どんな人が住んでいたのか、そうしたことを誰もが忘れてしまい、地図からも消えてしまった街のことを、そう呼んでいた。
その街がどこにあり、なんのためにあるのかを誰も知らず、そうした街が存在し、朽ち果てた街としてあるとされていた。
何かを逡巡するように、店主は難しい表情を崩さず、顎を掻いている。
「姉ちゃんらには、それもあまりお勧めできないなぁ。変な噂もあるから」
「変な噂って?」
「まぁ、眉唾だけど、忘街傷は、異空間への入口だとか、変な場所に飛ばされるってね。信じられないけれど、危険があるからこそ、変な噂が流れてしまう気もするしねぇ」
異空間への入口か……。
アネモネと顔を見合わせた。さっきまでおどけていたのに、真剣な面持ちでメガネのフレームを触り、大きい目で私を見ている。
つい、髪を触ってしまう。
「そうだよ、姉ちゃんら、止めときな。そもそも、忘街傷自体が嘘だってこともあるんだからさ」
話し声が聞こえていたのか、後ろの客が声をかけてくる。
さっきの歓喜の楽しさはなく、真面目な口調の忠告になっている。
もちろん、私らのことを心配しての助言であるのだろうけど。
「……でも、私たちの探している物はそこにあるのかもしれない」
問題があったとしても、私らも逃げるわけにはいかないしね。




