第五部 序 ーー 水面に落ちる雫 ーー
二百六十九話目。
今回から五部? もう五部なの?
第五部
序
雫が落ちる。
音もなく、音もなく。
「……何がしたいんだ、一体……」
誰かに問いかけたところで届くことはない。
そんなことはわかっていても、問いかけてしまう。
足元には途方に暮れるほど、遠くまでも水面が続いていた。
こぼれた声は、対岸に届くことなく風に散っていく。
それほどまでに広大な水面が広がるだけ。
「お前は何も答えてくれないんだな」
空しさだけが胸に竦み、心臓を締めつける痛みに息が詰まり、目蓋を閉じてしまう。
無音が押し寄せてくる。
何も聞こえないはずなのに、遠くから誰か人の足音が近づいて来るみたいに、鼓膜が響いた。
小さな振動が目の前で止まる。
「……アイナ…… 様」
目蓋を開くと、目の前に現れた一人の少女の姿。
黒髪を伸ばした幼い顔。
あどけない表情でありながら、強い眼差しが何かを訴えてくる。
水面に立つアイナに、懐かしさが波打っている。
嬉しさが全身に染み渡るはずなのに。
「……いい加減にしろ」
嬉しさが一気に言葉に棘を生やせていく。
「お前は何をしたいんだ?」
言葉はまた棘をまとっていく。
アイナはあどけない笑顔を崩さないまま、こちらを見据えたまま。
こちらもそれ以上、言葉が出てくれない。
無音の風が二人を支配していく。
胸の鼓動さえも聞こえてきそうななか、波紋が生まれる。
小さな波が足元に届いたとき、視線を上方に移した。
空から小さな雫が滴り落ちる。
ポツリ、ポツリ。
遠くに見える大小様々な雫が、水面に吸い込まれていく。
小雨のごとく音を呑み込んでいく。
「……まただ」
水面に沈む雫を眺め、すっとこぼれてしまう。
「これで何人が…… 途方に暮れる日々を……」
寂しさをごまかそうとしていても、堪えることはできず、唇が震えてしまう。
「一体、テンペストはどれだけの人を闇に堕としていくんだ」
空からこぼれる雫を眺めていると、怒りに拳に力がこもる。
その怒り目の前にいるアイナへと向けてしまう。
「……お前は何を望んでいる?」
「私が望むのは……」
「ーー違うっ」
ゆっくりと口を開いたアイナの声を遮断する。
「惑わすなっ。これ以上俺を、いや、それ以上にアイナ様を苦しめるなっ」
眼前のアイナは、俺の怒号に目蓋を閉じるだけ。
平然とする姿に、より怒りが膨張していく。
「お前はアイナ様じゃない。アイナ様を利用するなっ。これ以上、彼女を、そしてレイナを苦しめるな。お前の行為は、アイナ様の想いを侮辱しているのと同様だ。いい加減にしろっ」
笑顔を崩さないアイナ。声すらも届いてなさそうな冷たい表情に、思わず右手を大きく横に振り払ってしまった。
振り払った指先がアイナの胸元に触れると、指先は体を通り抜け、そのまま空を切る。
アイナは何事もないように佇んだまま。
わかっている。
ここにいるアイナ様は本物じゃない。
ただの幻。
「ーー消えろっ」
体が張り裂けそうな痛みを消し去りたくて、思い切り発狂する。
刹那、泡が弾けるように宙に散っていた。
そうだ、こいつは……。
こいつは……。
アイナは消えた。
アイナが消えた先に、また水面が広がっていく。
想いが墜ちていく。
……何が楽しい?
これはすべての人の業だと言うのか?
答えろっ。
答えろ、星よっ。
答えろ、テンペストッ。
そんなに人を苦しめるのが楽しいのか?
そんなにあの二人を苦しめなければいけないのか。
答えろっ。
「……答えろ、テンペストッ」
「答えろっ、アンクルスよっ」
そうみたいだな。もう五部。
ということで、部もかなり深い部分に入っていくんだろうな。
引き続き、応援よろしくお願いします。
……にしても、今回出て来たのは誰だったんだろう?




