第四部 第七章 3 ーー 悪魔 ーー
二百六十五話目。
本当にムカつく。
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レイナ? レイナって……。
確か、と聞き覚えのある名前を巡らせながら、リナの顔を伺った。
戸惑う目線をぶつけ合った後、ゆっくりと互いに頷いてしまう。
そうだ。
ヒヤマが映し出された幻のなかで、鉄格子の奥にいた女をアネモネは「レイナ」と呼んでいた。
「何、言ってんだ、あいつはエリカだっ」
「大体、なんであんたが「レイナ」って名前を知ってるのよっ」
混乱をごまかすように、二人でローズに怒鳴った。
「はぁ? そんなの知らないわよ。横にいた男があのクソガキに向かって言っていたのよ。必死な顔をしてね」
横にいた男…… まさか、セリン。
「それより、だったら、なんであんたがテンペストに襲われるのよ。それってあんたの日頃の行いが悪いから、当たったってこと?」
またしても嫌味を言って挑発するリナ。
ローズは受け流すと不適な笑みをなぜか献上してきた。
「はぁ? 天罰だっての。バカじゃない。テンペストを起こしたのは、そのクソガキよ」
「ーーハァッ?」
「あのバカ、突然キレたのよ。そしたらどこからともなく大剣が飛んできて、それを使ってテンペストを呼んだのよ」
はぁっ?
「……エリカがテンペストを……?」
ダメだ…… 何を言ってんだ。そんなことって……。
「あら、知らなかったの? 残念ね。何も教えてもらってないってことだもんね、それって。もしかして、あんた信用されてなかったんじゃない?」
ローズは僕を見ると、嘲笑して口角を吊り上げた。
「ま、ムカつきはするけど、ちょっとは感謝しなくちゃいけないんだけどね。こうしてあんたの困った顔を見ることができたんだから。あの悪魔には」
…………。
こんな奴にも見舞いに来る人物はいるのだろうか。いや、もしかすれば、こいつの本性を知らない町の住民が気を使って、用意したのかもしれない。
ベッドのそばにあったテーブルに、切られたリンゴが乗せられた皿があり、そばにあった果物ナイフを咄嗟に掴み、刃をローズに向けた。
挑発を続けてローズはニヤリと首を傾げる。
「止めときなさい」
伸ばした右手をギュッとリナが掴み、制した。
「あんまり調子に乗らないことね。私だって我慢しててんのよ。それ以上挑発するなら、今度は私が容赦しないわよ」
意外にも冷静だと思っていると、自分が攻め込む隙を奪われまいと、僕の手を掴んでいたらしい。
それほどに掴んでいた手に力が入っていた。
「お~、怖い、怖い。さすが怪力女ね。気をつけなくちゃ。でもね、本当に私を殺すことなんてできないの」
「そんな強がり、私には通用しないわよ」
「そうじゃないわ。私は物理的に殺すことができないのよ」
ローズに向けていたナイフが重力に負けて下がっていった。
戯れ言だと信じたいのだけど、向けられた眼差しに狡猾な冷たさが漂っていたので、気力を奪われた。
「それって、どういうこと?」
「私は一度死んだのよ」
「それって、エリカに殺されたって言いたいのかよ」
ここにきて、そんな冗談を聞きたくはない。
だからこそ、エリカのことを信じたくて、より強く怒鳴っていた。
半ば否定するように、強要していたのかもしれない。
「いいえ。違うわ」
そうか、違う……。
悔しいけれど安堵してしまう。
「私が死んだのはいつだったかしらね。確か、私が死んだのは、開戦の日、アイナが死んだその直後よ」
僕らはまた、遊ばれているのか……。




