第四部 第七章 2 ーー 患者 ーー
二百六十四話目。
やっぱり、私らって振り回されてるわね。
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病院と呼ばれても、ナルスの病院は民家三軒ほどのこじんまりとした木製の建物。
お世辞にも、重傷の患者の診療を行うには設備不足に感じてしまう。
そんな病院にいるというなら、助かった人がさほど重傷ではないのだろうと、胸を撫で下ろす。
しかも、面識のない僕らが患者に会わせてくれ、という無茶をしてまった。
医者も最初は訝しげに邪険に扱われたのだけど、しぶとく頼み込んでみると、なんとか数分だけ、と面会を許された。
「どんな人なんだろな」
「さぁ? テンペストについてって聞いたら、変に思われるかもしんないかもね」
半ば冗談をこぼしながら、噂の人物がいる病室に向かう。
扉を叩くと、「はい」と穏やかな声が届いた。
「すいません。失礼します」
「ーーっ」
「ーーっ」
病室に一歩踏み込んだとき、言葉が飛んだ。
病室は院の外壁に比べ、白い壁に囲まれ、陽が射し込む部屋の隅にベッドがあった。
そこに腰かけた女がいる。
「……なんであんたがここにいるのよっ」
足が竦んでしまう。
「あら、あなたたち」
その冷徹な声に背筋が凍り、拳を強く握ってしまう。
「……ローズ……」
「何してんのよ……」
病室のベッドに腰かけていた女性。
ローズだった。
人違いでも、他人のそら似でもない、奴が目の前にいる。
全身から拒否反応が出てしまい、奥歯を噛み締め、声が掠れてしまう。
ローズの変わらない狡猾な笑みに迎え入れられ、体が硬直してしまった。
「なぜって? ここでそれは愚問でしょ。私は病人だからここにいるのよ」
「ーー病人?」
皮肉に眉をひそめると、ローズの姿に驚愕する。
ローズの顔には包帯が巻かれていた。頭部から左目を隠すように斜めに巻かれている。
目を傷つけているのか、包帯は顔だけでなく、着ている服の裾からも包帯が覗いており、その傷は全身に渡って広がっているのが容易に想像できた。
本当なのか?
僕はこいつのせいで死にかけた。
まだそのとき、平然と笑みを崩さないでいた姿が頭に残っている。
必死に震えを堪えるほどの恐怖が体を支配しそうなほどの、狡猾な奴だったのに。
そいつが重体?
信じられなかった。
「……お前、テンペストに襲われたって聞いたけど、本当なのか?」
状況が信じられず、言葉とは裏腹に、身構えてしまう。
「へぇ。こんな状態にも、そうして脅えてくれるんだ。光栄ね。それとも、それだけあなたたちが弱いってことかしら」
こちらの警戒とは裏腹に、ローズは整然として攻撃の素振りは見せない。
どこか拍子抜けの様子に困惑してしまう。
「どんな姿になっても嫌味だけは忘れないなんて、さすがね。でも惨めね。そんな情けない姿で生き恥をかくなんて。あんたにとっても限界なんじゃないの?」
負けじとリナも嫌味で返した。
それをローズは正面から受けることはせず、鼻で笑った。
「本当にテンペストにやられたのか?」
二人のやり取りに圧倒されつつも、つい割り込んでしまう。
「テンペスト? あぁ、結果的にはそうなるかもしれないわね。私はテンペストに負けて、あの子に負けたわけじゃないって思いたいわね」
「あの子? あの子って誰だよ?」
瞬間、ローズに睨まれてしまう。
やはり狡猾さは衰えていない。
「はぁ? 何言ってんのよ。あんたの横にいて、私にやけにケンカを吹っかけてきていたでしょ」
「それって、エリカ?」
「まったく。なんであんなクソガキにやられなきゃいけないのよ」
悔しさを滲ませ、天を仰ぐローズに不安が積もる。
あいつが? なんで?
「……あいつがお前を? そんなどこで…… あいつが。どこにいたんだ。あいつは、エリカはどこにいたんだっ」
嘘? 冗談? こっちを惑わそうとしているのか?
わからない。けど。
「教えろっ」
「っさいわねっ。なんで私がいちいち言わなきゃいけないのよっ。殺すわよっ」
「ーーっ」
「それにそもそも何? エリカって? あのクソガキ、「レイナ」って呼ばれていたわよ」
「ーーレイ…… ナ?」
こんなことって、あるのかよ……。




