第四部 第七章 1 ーー ヒヤマを捜す ーー
二百六十三話目。
七章目。
さて、私らは誰に振り回される旅になるんだろう。
第四部
第七章
1
「ねぇ、なんでナルスに行こうと思ったの?」
ナルスに向かっていたとき、不意にリナが聞いてきた。
「正直、私らにヒヤマさんのことを確かめる義理はなかったんじゃない? まぁ、行く当てがなかったからだとは思うけど」
道の途中にあった岩に腰かけたリナは、訝しげに責めてきた。
「まぁね。でも、あのときに見た女の人、覚えてるか?」
「あの捕まってる感じの子?」
「覚えてない? その子を見ていたアネモネが言ったんだ。「レイナ」って」
「……レイナ…… そうだっけ? それで?」
そこでリナは不思議そうに首を傾げる。
「あの子が誰かはわかんない。けれど、アネモネが知ってるってことは、もしかすれば、ヒヤマさんが“ワタリドリ”に関わってるかもしれないから」
「……そうか。そうよね」
ふ~ん、とリナは頷く。
まだ確証はない。
でも確かめるだけの価値はある気がしていた。
だけど、それをハッカイの前で話すのは、別の意味で危険な気がして、黙っていた。
「でも、もしそうだったとして、話してくれるかな。“ワタリドリ”のことなんて」
不安がないわけじゃない。
でも、進まないといけない。
ナルスに着いたときである。
まるで町全体に覆われていた霧が、肌に突き刺さるように痛かった。
町全体が何かに怯え、近づくものすべてに敵意を放つように。
以前、ヒヤマから経緯を聞いていたからこそ、感じてしまう。
恐れているから、先に敵意を剥き出しにする悲しさを。
「相変わらず暗いわね。まだテンペストに怯えてるのかな」
「いや、諦めてる。だったと思う」
町の住民は、以前に見たときよりも、より雰囲気が暗くなって見えてしまう。
「……やっぱり、前のテンペストが影響してるのかな」
「そう?」
「どれだけ諦めていたとしても、近くで起きれば不安になるしね。今度はダメかも、ってね。多分それは慣れと怯えの狭間でね」
町を彷徨い、祭壇のある場所に辿り着くまでの間、住民らを伺うと、そんな印象に繋がってしまう。
寂れた祭壇を眺めていると、唇を噛まずにはいられない。
戒め…… 象徴? そんなものはただの戯れ言だ。
本当に怖いなら、すべてを壊してしまえばいいものを。
「もしかすれば、恐怖に捕らわれた人々を憂いて、ヒヤマさんはここに留まっていたのかな?」
「あるいは、怯える弱さに絶望して、壊れていく末を見届けるためにね」
祭壇を眺めて茶化すリナに、反論することはできなかった。
リナの結論もまた当たっている気がしたから。
「でも、おかしいわね。ここに来れば会えると思ったんだけど」
「それこそ本当に町を出て行ったのか……」
辺りを見渡してみたのだが、杖を突いたそれらしき人物は見当たらなかった。
「……当てが外れたわね。バカだったわ。ここに来ればって高をくくってた」
「こんなとき、チノがいればな。あの子だったら、彼の行き先を知っていたかもしれないし」
「そお? あいつだったら、また嫌味でも言って邪魔してきたかもしれないわよ」
よほど悪い印象しか残っていないのか、リナは顔をしかめ、文句をこぼした。
まだ許していないらしい。
「なんだろ。こうしてご飯食べてんのも久しぶりな気がするわね」
「ま、最近はいろいろと立ち込めていたから。ゆっくりって時間、ほとんどなかったからな」
宿屋の食堂で、少しの間訪れた気の休まる時間にホッとしてしまう。
ヒヤマを捜さなければいけないので、ゆっくりしている暇はないのだけれど、ご飯を前にすると、やはり落ち着いてしまう。
「ーーで、どうする? やっぱり片っ端から捜していくしかないのかな?」
「だろうね。それしかなさそうだし」
「あれ? それだけでいいのかい?」
満足感に浸り、コップを揺らしていたときである。僕らに間の抜けた声が通り抜けた。
リナと顔を見合わせた後、視線を横に移した。
すると、僕らのテーブルのそばに立っていたメガネをかけた男の店員が唖然としていた。
「どういうこと?」
急に割り込まれ、訝しげにするリナ。納得できなければ、拳を振る舞おうとする様子が、吊り上がる目尻に表れていた。
リナの剣幕に店員は萎縮し、
「あ、ごめんごめん。いや、君たち前にも来てくれただろ。そのときはこんな量じゃなかったから、これでいいのかなって」
「……それって……」
エリカだな、とうなだれてしまう。
やっぱりそれぐらいの印象を植え込んだんだろう。
いや、悪印象だな。絶対に。
「あ、大丈夫です。今日はこれで充分です」
なんだろう。急に恥ずかしくなり、声が上擦りそうになり、恥ずかしくなる。
「やっぱ、目立っていたのね。私ら……」
「あ、いやそれだけじゃないよ。君ら、ヒヤマさんともよく喋っていたようだったからね」
「ヒヤマさん…… そうだ、ヒヤマさんどこにいるんですか? 町にいなかったんですけど」
ヒヤマの名前が出たので、つい聞いてみると、店員はあぁ、と店の外を眺めた。
「そういえば、最近見ていないね。彼もどこか不思議な人だったからね。実は僕らも捜していたんだけどね」
お茶を飲んでいた手が止まってしまう。
「捜してるって、何かあったんですか?」
ヒヤマの身に何かあったのか、とリナと食い気味にたずねてみると、店員は驚き、
「ほら、彼ってテンペストから助かったって話だろ。だから聞きたかったんだよ。実は少し前にね、町の近くで倒れていた人がいて、その人を保護したんだ。その様子からして、もしかしたらテンペストに襲われたんじゃないかって、話があってね。それで、彼なら何か知ってるかなって。でもいないんだよ」
「本人がテンペストに襲われたって言ってるの?」
「うん。そうなんだよ」
嘘だろ……。
そんなにテンペストから助かるものなのか?
疑念が頭のなかで暴れてしまい、混乱に襲われる。
しばらく瞬きをした後、
「その人って、どんな人なの?」
訳がわからず、鼻を擦りながらリナが聞いた。
「女の人だったよ。綺麗な人みたいでさ。僕は会ったことないけどね」
よほど好印象が先走っていたのか、店員は心底悔しがって頭を抱えている。
「それで、その女の人って、今どこにいるの?」
テンペストから逃れた人がいるならば、その先に生まれる疑問。
「今は病院だよ。助けられたときは、かなりのケガを負っていたらしいからね」
眉間を押さえながら考えてしまう。
リナも椅子に深く凭れ、唇を尖らせ、三つ編みを弄んでいた。
「……病院か……」
おいおい、誰に嫌味を言ってるんだよ。
では、第四部も七章目となります。
繰り返しになってしまいますが、応援よろしくお願いします。




